携帯のアラームが鳴る、そろそろ時間だ、学校に向かわなきゃ

平日、この時間だけ鳴るようにセットされているアラーム音を聞くのが毎日楽しくなったのは3カ月前だ

今日は何の話をしようか、そうだ、今日はたまたま購買の前で見かけた若くんの格好良さを本人に伝えよう

私はカーディガンを羽織りながら部屋を出た


「お母さん、行ってきまーす」

「はーい、暗いから気をつけてね」

「はーい」



慣れっこになった言葉聞きながら、私は家を出る

携帯でもう1回時間を確認すれば20時になる直前だった

話の分かるお母さんで本当に良かったと改めて思う

毎日毎日、こんな時間に外に出る娘を許してくれて有難う、あとお父さんを丸め込んでくれたし

最初はあんまり良い顔してくれなかったけど、最近は諦めたのか割と機嫌良く送り出してくれるようになった訳だし




歩いて15分、それが私の家から学校までの距離だ

惜しくも若くんの家とは別の方向だから、学校から家まで近いは近いんだけど、なんとも言えない

それでも、若くんと居れる時間のためだったら苦にならないんだけど

周りの友達や、特に亜美には「そんな付き合い方で良いの?」とかよく言われるけど、私は今の関係で満足している

今まで振られてばかりだったけど、若くんは私が言われた約束さえ守れば、きっと付き合い続けてくれるって知っているから

振られる事を考えないで、好きな人と一緒に居れるのは心に余裕ができた気がする



ダメもとで付き合ってと言ってみて良かった、物事は当たって砕けるぐらいが丁度いい

彼が私を好きになるなんて無いって分かっていたって、一緒の時間を共有してくれるだけで嬉しかった

付き合いはじめた時は全然笑ってくれないし、目も合わせてくれなかったし、歩くのは早いし

自分で言った手前、約束は守ってくれてるんだなぁとやっぱり嬉しくなった




実はもっと嬉しくなった事がある、私の勘違いかもしれないけど

私の話で笑ってくれるようになった気がする、馬鹿にされてるだけかも・・・

目も合わせてくれる回数が増えた気がする、私が見過ぎなのかな・・・

歩くスピードも遅くなった気がする、いや、これも私の足が早くなっただけかもしれない・・・

勘違いでもそう感じる事が何よりも嬉しくて、また若くんにキュンとしてしまった


勘違いしはじめると、もう全ての出来事が私に傾いているような気分になる

これは、単にポジティブな性格なだけかも




学校の側まで来れば、テニスコートの明かりはまだついていた

今日も彼が帰る前にたどり着く事に成功したようだ



ただ、いつもと違う事がひとつ


制服を着た女の子が数人、校門の前に立っていたのだ

なんだろう、珍しいな、こんな時間なのに、部活やってる子達なのかな

いや、まさか、こんなにケバい集団が部活に所属するような事が氷帝にあるはずない


まぁ私には特に関係ないだろうと思って近づいたら、私は見事その女の子達に囲まれてしまった



「みょうじさん、だよね」

「てか本当に一緒に帰ってるんだ」

「日吉くん、優しいから断れないのを良い事に図々しい」



一斉に喋られても、私は聖徳太子じゃないから全部は聞き取れない

全部が全部、なんて言ってるか分からなかったけど悪意があるという事だけはよく分かる



「ねぇ、みょうじさんって一体何考えてるの?」

「日吉くんの邪魔して楽しい?」

「え、なに?何が言いたいの?なんで私、囲まれてるの?急いでるんだけど・・・」



振り絞った勇気で一応、急いでる事を口に出してみる


こんなに女の子に囲まれるって怖いのか

生徒会長や長太郎は、よく囲まれてるのを見るけど、平気なのかな・・・



「別に急がなくても良いじゃん、アンタの事なんか誰も待ってないよ」

「そうそう、話がしたいんだよね、私達」



私が何か返答したって特に意味は無かった、有無を言わせないってこういう事なのかも


そう思った瞬間

私の中のポジティブは一気に崩れ去っていった、それはもう、音を立てて、ガラガラドカーン


さっきまで、何を浮かれていたんだろう

全ての出来事が私に傾くはずなんか有り得ないじゃないか



こうやって有無を言わせないような状況に、私は見覚えがある




「ていうか、いつまで続ける気?」

「日吉くんが、可哀想だよ」



そう、今から3ヶ月前の話

昼休みに、私が彼を困らせて、有無を言わせないような状況を作ったじゃないか




「若くん、が、可哀想?」


私は思わず、周りに居る子達に向かって質問した

そんな事、考えた事、無かった





「当たり前じゃん」

「可哀想でしょ、アンタに無理矢理付き合わされてさ」

「ずーっと下校とかに付きまとって、迷惑だって思わないの?」





頭の中をグルグルと、気分を悪くする何かが廻っている

メビウスの輪ってこういう感じなのかな



3ヶ月、彼と一緒の時間を過ごして分かった事は沢山あったはずなのに

今は1つだけしか思いつかない


若くんは切れ味の良い見た目と違って、中身はとても優しい人だったという事


いつの間にか、その優しさが私個人に向いているものだと思っていたけど

違うのかもしれない




「日吉くんが優しいからって、調子に乗るの、もうやめたら?」



ようやく、彼女達が言いたい事が分かった

きっと彼女達、もしくは彼女達の誰かが、若くんの事が好きで、好きで好きで、どうしようもなくなっちゃったんだ

彼に恋をした時の、私と一緒



「日吉くんと別れてよ」

「みょうじさんが言った変な約束を破ったら別れるんでしょ?」



頭をグルグル廻っていた気分を悪くする何かは、とうとう胸にまで到達してしまった



「ていうか、相手にされてないのに、よく付き合ってられるね」

「ち、ちがう、そんな事、若くん、だって、少しは・・・」



違う違う違う

気分を悪くさせている何かを必死に否定する

でも、何にも自信が出てこない



だって、若くんから、私の事どう思ってるかなんて、1回も聞いた事ないんだもん




「私が日吉くんに聞いてあげる、あんたは遠くから見てなよ」

「そうしよ、日吉くん優しいから、みょうじさんが居る前じゃきっと言わないし」



この空間から逃げたくてしょうがなかった

逃げようと思えば、人間はいくらでも逃げられる

でも、彼女達が言ってるのが本当だったら、私は若くんの事なんか好きで居る資格はないし

付き合ってる資格もないんじゃないだろうか





下を向いたまま、私はどれだけ時間が経ったのかあまり覚えていない

でも、若くんが何も言わなかった事だけはちゃんと覚えている


やっぱり、私の勘違いだったみたいだ

今まで付き合ってきた誰よりも、長い時間を過ごせたのは

彼が優しい人だったからだった




---





約束を破って、テニスコートの周りで若くんを見た



朝、どうしても若くんに会う勇気がなくて、一般的な登校時間に家をでた


家を出たら昨日の女の子達が家の前に居たのだ

そのまま連行されるように、私は校門を彼女達とくぐりテニスコートにたどり着いてしまった


彼女達の「みょうじさんがテニスコートに行けば、日吉くんはやっと面倒から解放されるんだよ」という言葉はまるで魔法の呪文みたいに、私を動かした



若くんがコートに居るのを見たのは3回目だったけど、すごく調子が悪そうで

本当は色々言いたいことが、いや聞きたい事があった気がする

若くんに終わりだって言われて、私の頭の中が真っ白になった

少し、本当は

期待してた

どうした?って聞いてくれないかなぁって

でも若くんからは話しかけない約束だったから、なんでテニスコートに来たかという理由も、もちろん聞いてくれない

分かってたはずなのに、心のどこかで期待していた自分が情けない


昨日から私の中をグルグル駆け巡っていた気持ちが、とうとう涙になってしまったけど、彼の前で泣いてる姿を見せたくなかった

なんて恥ずかしいんだろう、舞い上がってた自分が情けない

ちゃんと笑えてるだろうか、ちゃんと有り難うって言ったっけ



「日吉!」


長太郎が少し大きな声をあげたが背中を向けた若くんは目の前から消えてしまった

こっちを1回も振り返ってくれなかった所をみると、私をここまで連れてきた女の子達が正論だったという事だろうか

その女の子達も、とうとう泣き崩れてしまった私を見て、ひとしきり笑って居なくなった

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