「日吉、今日の昼の事なんだけどさ、本当なの?」

「・・・」


部活が始まる5分前、部室で着替えをしていると横のロッカーを使っている鳳が声をかけてきた


「告白されて最初は断ったのに、付き合うって言っちゃったって聞いたけど」

「・・・とりあえずあの場から逃げたくなった、あとはついでに他の女を牽制できたら良い」

「わー、じゃあ噂は本当だったんだ!日吉に彼女が出来たんだ!!え、牽制ってどういう意味?」

「告白やらコートの周りが静かになるかもしれないだろ」

「ああ、そういう牽制ね・・・まぁ静かな方が練習中は良いよね」


どうやら、いや、やはりと言うべきか

あの公開告白と、その結果はあっという間に他のクラスにも伝わったらしい

それもそうか、あんな大声出されれば、隣のクラスの奴だって聞こえる


あの熱意をどこか別の事に費やせば、きっと何か成果が出る気がする

いや実際、あの熱意のせいで俺の中ではあり得ない「付き合う」という選択をしてしまったのだから

あの女にとっては成果が出たのか・・・



「彼女かー、俺も作ろうかなー・・・みょうじさんってちょっと変わってる感じだけど、可愛いよね、あ、どっちかっていうと綺麗?」

「みょうじ?」

「え、日吉、彼女の苗字知らないの?」

「・・・苗字どころか名前も知らない、そういえば名乗らなかったな」

「え!そうなの!?それで良く付き合うって言えるねー」

「まぁ、知らなくても特に問題はないだろ」

「ええ!?いいの!?」



いちいちオーバーリアクションな奴

俺の中では今日の昼休みの出来事は、とりあげるほどの事じゃない

校舎内では話さないし、コートの周りにも居なければ関わることもない

まさか本当に登下校にくっついてくる訳でもないだろう

自分に置き換えて考えてみても、あんな条件を出されたら普通は引くはずなんだけどな・・・

ああ、あの女は普通じゃないのか、それはしょうがない

まぁ時間の問題だな、どうせすぐに終わるだろ


「まぁ邪魔そうだったらすぐにでも別れて終わりにすれば良いし、時間の問題だろ、すぐにボロが出て終わりだ」

「・・・あれ、なんか日吉って悪役みたいだね、戦隊ものとかに出てきそう」

「どういう意味だよ」

「そういう意味だよ」



そもそも、あれは罰ゲームか何かの一種なんじゃないかとさえ疑っている

そういう厄介に巻き込まれた気分なのは確かだ

罰ゲームであれ、違うにしろ、用心に越した事はないし、本当に部活が終わるのを待っていたら面倒だな


今日は、21時30分まで自主練しよう

そして明日の朝、5時には家を出よう



別に早起きが嫌いな訳じゃないし、どれだけ練習しても悪いものでもない

先輩達も引退したら、俺たちの時代がくるわけだし

丁度いい


この機会に練習にうちこもう



---




「あ!日吉くん!お疲れ様待ってたよー!」

「げ」

「あ、みょうじさんだ」



予定どおり22時前に自主トレを終えた

シャワーも浴びて、後は家に帰って飯くって寝るだけだ

1人で練習するつもりだったが、鳳も残ったおかげでラリーの練習ができたのは大きかった

20時を過ぎた頃にはギャラリーも居なくなり、まだまだ引退しきれない先輩達も帰っていった

昼間の変な女の事なんかサッパリ忘れていたが、校門を出た所で見慣れない人影を見つけて息を飲む

そいつが少し離れた所から駆け寄ってきて、どうしたものかと鳳を見れば楽しそうに笑っていた

そもそも2人で帰るだなんて約束していない訳だし、鳳も巻き込めば俺の負担が減る

そして目の前まで来た私服の女は、まさに昼間の変な女だった


「みょうじさん、本当にこの時間まで待ってたの?ああ、一回家に戻ってきたのか」

「だ、だれ?日吉くんの友達?背たかいね」

「・・・鳳だ」


鳳を知らないヤツが居るのか・・・

こんなウルサイ奴、ギャラリーに居たら嫌でも目立ちそうなものだが

あまりテニス中は周りを見ないようにしてるせいか、彼女の存在は記憶にはない


伺うように聞かれて、返事を返せば彼女の目はまたキラリと輝く


俺はこの目が苦手だ

俺が付き合うだなんて言ってしまったのはきっとこの目のせいに違いない

返事なんかしないつもりだったが、思わず答えてしまったのも


「おおとりくん?」

「そう鳳長太郎、あはは、背高いでしょ」

「うん、高い、なんで私の名前知ってるの?日吉くんは、私の事知らないよ?」


2人で話し始めたのを良い事に、校門の外へと俺は歩き始める

このまますんなり帰れればそれで良い


「昼休みの話を友達から聞いたんだ」

「そ、そうだよね、私、うっかりして日吉くんに名前言うの忘れちゃったんだ・・・あ!日吉くん!一緒に帰る約束だよ!!」

「・・・お前が勝手に合わせるんだろ」

「あ!そうだった!じゃあ鳳くん、じゃあね!またね!ばいばい!」

「うん、俺の事は長太郎って呼んで、じゃあね日吉、なまえちゃん」

「ありがと!じゃあね!」



後ろから小走りの足音が聞こえる、そういえば鳳は家が逆方向だった

鳳を巻き込むのは失敗したが、まぁしょうがない、早めに歩けばすぐ着く



「ねぇ、日吉くん、自己紹介してもいい?」

「・・・」

「私ね、みょうじなまえ、同じ学年ね!これからよろしく!」



俺は心の中で、「短い間な」と返した

話を続けてしまったらダメだ


隣を陣取って、俺の歩調と同じ早さで歩き始めた彼女の顔は見ないが

雰囲気だけでニコニコと笑っているのが伝わってくる

そして俺が返事なんかしなくても、きっと話し続けるだろうから気にしないで先を歩いた



「あ、日吉くんって、名前なんていうの?」

「・・・」

「一応付き合い始めた訳ですから、名前で呼ぼうと思って、ダメかなー、名前ぐらい教えてほしいなー・・・なんて!」


無言のまま進み続ければ、俺の視界に入る範囲に女がひょっこり顔を出す

歩いている前に顔を出され、女の顔をまじまじと見てしまった

鳳が言った通り確かに綺麗な顔立ちはしている

それは俺も昼休みに思った事だったから別にどうという事は無いが

私服もチャラチャラした格好ではなく、見た目の雰囲気に合った格好はしている

やっぱり変なのは中身だけか

ため息をついてみたが、女は器用に視界に入ったままで、どいてはくれなさそうだ


歩きづらくてしょうがない



「・・・日吉、若」

「若くん?」

「ああ」

「初めて聞いた名前!やっぱり名前もすごい切れ味の良い名前で似合ってるなぁ」

「・・・切れ味?」



あ、やばい、思わず聞き返してしまった

しかし、切れ味の良い名前だなんて言われた事がない、どういう意味だ


「そう、切れ味、その若っていう響きも、若くんの目も、動きも、全部。切れ味が良いから、思わず見ちゃって、好きになっちゃったんだよねぇ。まぁ、名前は後付けだけど」

「そうか、・・・初めて言われたな」

「うん、私も初めて見たよ!本当にカッコいいんだね」



だから好きになっちゃったんだけど、と彼女は付け足した

そんな調子のまま彼女が一方的に喋り続けた形で俺の家の前まで着いた



「ここが家なんだ、おっきいねー」

「ああ」

「朝って何時ぐらいに家出るの?」

「・・・さぁな」

「その感じだと、6時よりは前そうだね・・・明日の朝もよろしくね、若くん!」




走り去るように、みょうじなまえは街頭の先へと消えていった

どうやら明日の朝も来るらしい、まぁ、5時に出る予定だ会わないだろう



どうでも良い女だが、あの斬新な褒められ方は中々嬉しかった

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