揺れている緑の (日吉)

せっかくの夏祭りなんだから浴衣を着よう

と思い立ったのは今さっき。


浴衣なんて着慣れてないから動きづらいし、暑いから着ないで良いと思ってたんだけど。

でも、今日着なかったら、また来年のこの時期までタンスのこやし。

なんのため、去年のセールで浴衣を買ったんだ、今日この日のためじゃないのか。


なんて、色々理由をつけたけど。

たまには浴衣でも着て、彼を驚かせたいだけだったんだけど。


待ち合わせの出発までには後3時間、それだけあれば何とかなるんじゃないかと

浴衣一式をクローゼットから出して、1人じゃ着れない事に気づく。

部屋から首だけだして、大きな声でお母さんを呼んだ。


「おかあさーん、浴衣きたいんだけどー!」

「えー?」

「ゆーかーたー!1人じゃ着れなーい!」


大きな声を出して、ずぼらにお母さんを呼び出す事に成功。

呼び出してみたものの、あれ、なんか出かける格好してる。


「浴衣?着ないって言ってたじゃない!」

「やっぱ着たくなった」

「そんな事言われたってアンタ、お母さん今から出かけるのよ」

「え」

「お母さんにも予定があるんです、着たいなら1人で頑張って」

「えー」

「じゃ、わかちゃんにお願いしたら良いじゃないの」

「えーーーーーー」

「じゃあ、ちゃんと戸締まりしてから行くのよ、夕ご飯は外で食べて来るんでしょ?」

「うん」

「じゃあ気をつけなさいね、いってきます」

「いって、らっしゃい」



なんだろう、むなしい。

しょうがない、じゃあ奥の手を使うか、奥の手。

携帯の連絡先から名前を探し出して電話をかける。



---



「という訳で、よろしくお願いします、日吉様」

「・・・浴衣ぐらい1人で着れないのか?」

「着れたら呼んでおりません、よろしくお願いします」

「アイスな、3つ」

「50円のアイス3つ」

「まぁ、いいだろう」



浴衣の着付けをこなせそうで、アポ無しで呼べるのは日吉くらいだ。

思った通り、電話したらすぐ出たし。

思った通り、すぐ家まで着たし。


どんだけ暇なんだ、こいつ。

いやいや、今から着付けしてもらうんだから、そんな事思っちゃだめか。




「何時に家を出るんだ?」

「後2時間30分後には出なきゃ間に合わないです」

「なのに化粧も髪の毛も、何にもしてないな」

「化粧は、ぱぱーっと今からしてくる、髪の毛は日吉がやってくれるでしょ」

「はあ」

「あ!ため息よくない!禁止きんし!」

「・・・はあ、良いからまず、化粧でもしろ」

「はーい」



日吉は俗にいう幼なじみ。

昔はよく遊んだものだが、高校生にもなると交流は段々減った。

今はメールをたまーにするぐらい。


電話をかけたのだって、半年ぶりぐらいだ。

会ったのは1年ぶり?

こんなに近所に住んでるのに、意外と会わないものだ。


言われたとおり化粧をしてると、のぞいた鏡越しに日吉と目が合う。

ソファーに偉そうに座ってる彼はいつも通りの無愛想な顔をしてた。



「久しぶりに会ったけど、日吉は変わんないね」

「お前はまた一層とケバくなったな」

「わー、本当に変わんないね」



マスカラをガシゴシ塗り付けながら、日吉の変わらなさをこっそり笑う。

それが、心地いいとは絶対に言わないけど。



「祭り、誰と行くんだ?」

「かーれーしー」

「彼氏に着付けてもらえよ」

「やだよ、驚かせたいじゃん、てか着付けのできる高校生なんて日吉以外思いつかなかったんだけど」

「そんなもんなのか?」

「そんなもんでしょ、化粧終わりー、次はどうするの?」

「髪の毛、結ってやるよ」

「はーい」

「クシとピン留め、と飾りでもあるのか?」

「あるある、待っててー持って来るから、飾りはソコにある浴衣セットのどっかにあるから出しといて」

「ああ」



洗面所までピン留めとクシを取りに行く。

洗面所の大きな鏡にふと自分が写り、顔に施したばかりの化粧を確認。

慣れてしまったせいか、いつも通りの化粧はケバいのか私には判断が難しい。


まぁ、別に日吉に可愛いって言ってもらうためじゃないから良いか。



「はいよー持って来た」

「ああ」


部屋に戻ると、浴衣一式は奇麗に崩されていて、ああ、着付けってこんな感じだったよなと思い出す。

どこに座ったら良いのか、少し悩んだけど、さっき化粧をしていた場所に戻った。

まぁ、日吉はソファーに座ったまんまだし、丁度ここなら段差もあるから髪の毛もセットしやすいだろうし。


「じゃあ、それっぽくお願いします」

「久しぶりにやるからな、文句つけるなよ」

「えー」



---



髪が伸びた、化粧が濃くなった。

久しぶりに見たなまえは、大分、変わったように見える。


髪の毛を手に取ってクシですく、染色のせいか前に触ったときよりも痛んでいた。



「そういえば、去年も同じ理由で呼び出されたな」

「あれー、そうかもー」

「おばさんにやってもらったら良いだろ、わざわざ呼ぶなよ」

「えー、だってこんな時でもなきゃ日吉と会わないじゃん」

「まぁ、な」

「たまには会って話したいじゃん、ついでに着付けてもらいたいじゃん」



なんて返答したら良いのか分からなくて、黙って髪の毛を整え続ける。

黙ったまま作業を淡々と進めて行くと案外時間がかからずに髪の毛が結い上がった。


緑の小さな花が連なった髪飾りを耳にかけるように差し込んで、なかなか上出来だ。



「わー!すごい!さすが日吉!」

「次いくぞ、脱げ」

「・・・なんか、それ、言うのに抵抗とか少しは無いの?」

「脱がなきゃ着れないもんだろ」

「そうだけどさ、言い方?」

「脱いで下さい」

「ち、違うと思うな!そこじゃないよ!」

「じゃあ、これだけとっとと自分で着てこい」



浴衣一式の中から取り出しておいた、肌に直接着る襦袢を渡す。


彼女は奪うようにソレをとって部屋から出ていった。

まぁ、浴衣を着れなくてもあれぐらいは1人で着れるだろう。



ソレまで俺が着せるのは、どう考えたって可笑しい。

冗談で「脱げ」を連発したが、それすら、もう恥ずかしい。

でも、そうでも言わなきゃコイツは気付かない。



あっという間に着て、部屋に戻ってきた彼女は何だか恥ずかしそうだ。


やめてくれ、恥ずかしそうにされるとこっちが恥ずかしくなる。

下着がかすかに透けてるのが目に入ってしまう。



あえて口に出すと、本当に顔が赤くなりそうなのでやめた。

そもそも頼みやすいからといって、男の俺に着付けを頼むのが間違いなんだ。

幼なじみとはいえ、もう俺たちは高校生になったんだから男女の違いくらいは意識してしまう。


着付けなんて、もってのほかだ。

距離もやたら近づかなきゃならないし、体だって触らなきゃならない。


彼氏が居るのに、こんな事してて良いのか?

逆に聞きたいくらいだ。

いや、なまえはそんな事を考えてないから、俺に頼むんだろう。



幼なじみに対して、そういう目線で見る俺が間違ってるのか?

いや、普通の高校生だったら、そういう目線で見るのだってしょうがないだろ。




「こ、これでいいんだよね?」

「ああ」

「じゃあ、お願いしまー・・・あれ、日吉、顔が真っ赤だよ」

「聞くな」

「照れてんの?」

「き、く、な!」

「あはははは!」





揺れている緑の


もし、来年も着付けを頼まれたら、今度こそ押し倒してやる

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