春の風は気持ちがいい、青い空も清々しいし、何より暖かい。
暖かいって…これはかなり重要、人間って寒いと頭の回転が遅くなって手とか足とか体の機能も悪くなるんだって。
…なんてね、知らないけど適当に考えただけ。
立海大附属高等学校に私が入学してから早いもので2週間。
あっという間に時間は過ぎ去っていた。
入学する前までは色々考えたのに、いざ入学してみるとその考えは特に杞憂に終わった気がする。
一人暮らしって大変だろうなとか、結局こうなるなら前の学校の高等部に入りたかったとか、立海で1人くらいは友達できたら良いなぁとか。
まずは一人暮らし、これは元々決まっていた事じゃない。たまたまそうなってしまっただけ。
1年くらいの期間限定みたいなものだから、ちょっと我慢したら母さんが神奈川で一緒に暮らせるはず。
そもそも小さな頃から母さんはいつも忙しかったから家にあんまり居なかった気がする、家の事ぐらいは自分でしてたし。
むしろ母さんの方が、1人で長期出張だなんて、いろいろ大変になったんじゃないかなって思うくらい。
でも母子家庭なのにお金で困ったことがないし我が家、本当に尊敬している母さんを困らせたくない。
快く一人暮らしを受け入れた割には家の中に自分以外の存在の気配が無いのは思ったよりダメージを受けた。
東京ではなかなか有名な中等部に通っていた。
母さんの仕事の都合で中等部卒業で神奈川に引っ越す予定だった。
私は同じくらいのレベルだろう学校を神奈川で探して見事合格。
そこまではもちろん良かった、だって神奈川に行くのはもう半年も前から決まっていたし。
卒業式が終わって、引っ越しも終わった。
男手がないという事で、よく家に入り浸っていた友達にも引越しを手伝ってもらった。
手伝ってくれたお礼に友達と母さんと一緒に夜ご飯を食べに行ったんだけど、それを聞いた衝撃は今でも健在。
母に開口一番に「ごめん!」と謝られ、「なにが?」と聞き返すと
なんと急な仕事の都合で1年ほど長野県に行かなければならないらしい。
多少驚きはしたが、私達2人の家族にとって急な出来事はよくある事だった。
それに、何かあったら、友達も居るし。
驚いて友達と目を合わせるが、彼は小さく笑いながら言った。
「ほんまに?ママさんに会えんなんて寂しーわ…」
「侑士くん、りんをよろしくね」
「まかせとき」
「きゃー!もういい男なんだから!」
ファミレスでキャッキャしあってる2人をよそに、私の思考は別の事を思いつく。
なら氷帝の近くのあのマンションで良かったじゃんか、
とか
思ったけど、でももう遅い、明後日には新学期がはじまる。
急な母の単身赴任にもダメージを受けた。
そして友達、100人とまでは望まないが1人くらいできると思っていた。
附属だけあって外部受験で受かったのは数人。
クラスでは私1人だけだったのは予想外で。
立海大附属の空気に溶け込むどころか、どこからか氷帝というお嬢様学校から来たという印象を勝手につけられたらしい。
先生が紹介する時に余計な事いうからだ。
私は宙に浮くがごとく浮いていてこの2週間、先生以外の誰にも話しかけられなかった。
思ったよりダメージを受けた。
入学から3週間目の月曜日の2時間目、ダメージが積み重なった私は屋上へと現実逃避しにきている。
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春って素晴らしい、外部生にももれなく優しい。
良かった立海に居ても春を感じる事ができて。ばんざーいばんざーい。
「ちょっと寒いな・・・」
少しずつたまったダメージは案外重傷だったのかもしれない。
春って暖かいはずなのに、寒いだなんて。
私は今まで良い友達に恵まれていたんだな、こんなに寒いと感じた事なんて無かったのに。
「もう一枚羽織ってくるんだった・・・」
独り言は加速して口からもれていく、母さんが居たらきっともう一枚きて行きなさいって言ってくれただろうに。
侑士だったらきっとジャージかなんか一枚かしてくれたに違いない。
「さむい、びっくりさむい」
寒さを凌ぐためにその場に座る、日差しのお陰でコンクリートは少し暖かいはず。
給水機の入ってるだろう大きな壁にお尻をぴったりつけて体操座りでもしたら暖かいだろう。
まだ新しくてシワもテカリもないスカートに顔をうずめる。
寒い、寒いなぁ。何度も呟きながら。
春のくせに。
もう今日はお昼の時間までここに居ようかな。
いいじゃんか、サボっちゃったんだし、誰も呼びにくることもないだろうし。
「・・・さむい」
寒いけど、教室にいるよりは、寒くない。
ここでチョット充電するだけ。そうチョットだけ。
あ、でも日差しが当たって頭あったかいかも。
遠くにチャイムの音が聞こえた、2時間目はどうやら終わったらしい。
ちなみに体操座りを崩すつもりも顔をあげるつもりもない。
いっそこのまま、寝ちゃって、放課後になっちゃえば良いのにな、うんそれも良い。
また遠くにチャイムの音が聞こえた、3時間目がはじまってく。
「生きとる?お化けじゃなか?」
「パンツ見えとる・・」
「・・・寒いんならココに居らんで教室か保健室にでも居ればええじゃろ、しょうがないのう・・」
いつもと違う方言を喋る侑士が、大きめのカーディガンを肩にかけてくれた。
「なんで居るの?ここ立海だよ?」
「いつもはカーディガンじゃなくてジャージなのに」
そう聞けば、彼は「パンツ見えとる」と訳の分からない事を言う。
そんな夢を見ていた。
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どうやら本当に寝ていたらしい、人間やればできるもんだ。
ポケットから最近買い替えたスマートフォンを取り出して、時間を見れば12時を回った頃だった。
あと少しでお昼休みだ。この2週間の間、時計ばっか見てたかいがあったなぁ。
もう立海の時間割の構成は大体把握できた気がする。
そろそろ行こうかな、そう思って立ち上がると肩から何かがずるりと足元に落ちた。
目をやれば立海指定のカーディガンがそこにはある。
さっきまで見ていた夢の続き?そう思って拾い上げて拡げてみる。
新品なんだろうか、おり目まで綺麗に残っていた。
「そもそも・・・誰のだ」
私よりは大きいな、男の子のかな、いや最近は女の子も大きめのを買うのでそこは分からない。
どう解析したって憶測に過ぎない訳で、とりあえず分かるのは私に誰かがかけてくれたのだろう。
誰にも相手すらされない私にかけてくれる人はきっと良い人に違いない。
そろそろ教室に戻らなきゃ、カーディガンをおり目通りに畳んで、さっきまで座っていた場所に置いた。
持って帰ろうとも思ったけど…
やめた、ここに置いとけば持ち主だって気付くはず。
指定カーディガンなんて皆持っているもんだし、検討すらつかないカーディガンを持ち主に返せるのかさえ分からない。
直接返せないなら、ココに置いておけば取りにくるよね?きっと。
あいにくペンも紙も持ち合わせていないので感謝を伝える方法は無い…し。
「あ、飴。これでいいや」
前の学校で仲が良かった彼がいつも持っていた飴。
何かある度にニコニコ笑いながらくれたのが、今ではなんだか懐かしい。
卒業式の日にもらった飴はお守り代わりにずっと持っていて、何かないかとポケットを触ったら出てきた。
畳んだカーディガンの上に置いてみる、風とかでどっかに転がっていきそうだな、まぁいっか。
私はカーディガンに、「暖かくしてくれてありがとう」とつぶやいて屋上を後にした。
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