北原くんの声に反応した、彼がコチラに顔を向ける。
まるでスローモーションのようにゆったりとした動きに見えたのは私だけだろうか。
心臓は動悸ばかり早めているし、彼が半径10メートルに居るだけで大分緊張してしまうのはやっぱり私はにおーくんが好きなんだろうと、改めて認識してしまう。
自販機に向かって歩き続ければ彼との距離が縮まる。
隣にいる北原くんに心臓の音が聞こえていない事を祈るばかりだ。
そういえば彼を見かける事自体、久しぶりなのかもしれない。
最後に見かけたのはアパートでお土産を渡した時、いや、遠目に一回見かけた気もする。
どっちにしろこんなに近くに居るのは久しぶりで。
なんて話しかけたら良いのか、挨拶が先か、いや、声をかけてしまって良いものか。
思考は目まぐるしく変わっていく。
そんな事を考えているだけの私を尻目に北原くんが先陣を切ってしまうんだけど。
「仁王、自販機にガン飛ばしてどうしたんだ?」
「・・・」
「お、俺まで睨むなよ!こわ!!」
無言で北原くんを見つめるにおーくんは確かにいつもより怖い雰囲気が漂っている。
その視線がゆっくりゆっくり、私に向けられて。
思わずびくりと体が動いてしまうのが情けない。
「ポカリ・・・買って・・・」
「え」
「お金、忘れた・・・」
そう言うと彼は自販機に肩を預けながらずるずるずるとしゃがみ込んでしまった。
なんだろう、お金忘れたのに自販機まで来たのがそんなにショックだったのかな。
どうしたものかと北原くんを見ると、彼は普段以上に素早い動きでにおーくんの前にしゃがみこんで「大丈夫か?」と声をかけていた。
北原くんの放った「大丈夫か」の意味を考えようとした瞬間、目の前でしゃがんでいるにおーくんが自販機に体を全て預けるように座り込んだのを見て、私はようやくにおーくんの具合が悪い事に気付いた。
私は急いで制服のポッケに手を突っ込み小銭が無いか探す。
しかし、ポッケには何も入っていない、こういう時に限って飴も無いだなんて。
「き、北原くん!におーくんにポカリ!お金貸して!」
「お、おう!」
少し口調が強くなってしまったかもしれない、北原くんが財布を取り出して小銭を手のひらに乗せて私に差し出した。
その小銭を奪い取るようにして、私は自販機でポカリを買う。
自販機から取り出したペットボトルの蓋を開いて、私はにおーくんの前にしゃがみこんだ。
普段から白いと思ってたけど、今の彼には顔面蒼白という言葉がぴったりと似合っている。
「自分で飲める?」
「・・・ありがとさん」
よろよろと差し出された手に、蓋の着いてないペットボトルを持たせると、彼はゆっくりゆっくりとペットボトルに口をつけた。
「仁王大丈夫か?立てそう?」
「・・・おう」
「わー、良かったー!あんまりにも青い顔してるから救急車でも呼ばなきゃダメかと思ったぜー」
北原くんがいつもの笑顔で喋りだすと、におーくんは北原くんの顔をマジマジと見つめた。
「・・・ポカリ貰っといてアレじゃが、誰じゃったっけ・・・名前出てこんぜよ・・・」
「え!ひでー!きたはら!き、た、は、ら、か、つ、の、り!」
「・・・北原くんって・・・かつのりって名前だったんだ・・・」
「りんちゃん!それもひどい!クラスメイトの名前ぐらいフルネームで覚えろよー!」
「だって、皆が北原北原って呼んでるから・・・北原くんで良いかなーって」
覚えられるかな・・・でも、覚えたって北原くんって呼ぶと思うし、いっか。
「・・・北原・・・そういえば幸村が・・・北原がどうのこうのって言っとった気もする」
「そこから?俺、結構お前と話した事あるんだけど・・・」
なんとなく先ほどの緊迫した雰囲気が壊れ、和やかな雰囲気が漂う。
におーくんも水分補給したせいか先ほどより顔色が良くなった。
「じゃ、俺は行くぜよ・・・ポカリありがとさん、金は明日にでも返す」
「おう、気にすんな!金より名前覚えろよ!てか大丈夫か?送ってく?」
のろのろ立ち上がったにおーくんを見て北原くんが言う。
「大丈夫じゃ、男に送ってもらう趣味もないしの」
「うわー、なんだよ、じゃあ女装してくか?帰り道で歩けなくなったら大変じゃん、たまたま学校だから良かったものの」
それは確かにそうだ、におーくん大丈夫かな・・・。
でもここでわざわざ「じゃあ私が送っていく」と言い出す事も出来ず、なんとなく気持ちがざわつく。
におーくんと私のマンションが一緒だってココで口に出す事でもないし、この前本人に釘を刺されたばかりだ。
「えー、俺、心配なんですけどー」
「気持ちとポカリだけ貰っておくぜよ・・・部活行かなくてええんか」
「・・・部活より、人命!」
「ただの貧血で俺を殺さんでくれ」
2人の言い合いを見てるだけの私は頭の中でもんもんと考え続ける。
いや、でも、ここで私が送っていくって言ったって・・・変だよね・・・。
「じゃー、分かった!携帯番号で手を打とう!それでもし倒れたら電話かけてくれよ」
「・・・しつこいのう」
「おう!しつこいのは自覚してるぞ!」
「ケータイ、今持っとらんのじゃ」
「なにを!」
「だいじょーぶ」
におーくんは北原くんに向かって、頼りない顔で言った。
これだけ北原くんに押されたら断る方も多少気まずいだろうな。
当の北原くんは深いため息をついて、財布を開いた。
「・・・分かったよ、気をつけて帰れよ・・・。えっとりんちゃん、何飲む?早紀なんつってたっけ」
「早紀ちゃんは冷たいココア、私も同じの」
「りょーかい」
北原くんが千円札を取り出して自販機に入れる。
「ふた」
「え」
「ポカリのふた、くれん?」
「ああ、そういえば」
ペットボトルの蓋を私が持っていたままなのをスッカリ忘れていた。
「はい、気をつけて帰ってね」
手のひらで握ったままになっていた蓋を渡そうとして、一言だけ添える事に成功した。
もう少し気の利いた事を言えたら良かったけど、とっさに出てきたのはこれくらい。
「・・・」
「?」
蓋を中々とらない、におーくんを見上げると目が合った。
すると彼は声を出さずに口をパクパクと動かした後に
「じゃーの、北原」と立ち去っていった。
「おー!またなー、気をつけろよー!」
なんで口パク?
なんて言ったんだろうと思って、自分で同じように口を動かす。
2回目でようやく意味が分かって私の心臓がバクバクと派手に動き出した。
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