「やぁ、暁りん」
昼休み、トイレから教室までの道のりで、前から来た長身の人に声をかけられた。
同じクラスでもないし、なんで私が声をかけられたのか見当がつかない。
「俺は柳、精市と同じ部活なんだ」
「そ、そうなんだ」
明らかに私に話しかけているので、スルーもできない。
精市の知り合いという事はよく分かった、でも、なんで話しかけてきたの?
「そんなに警戒しないでくれ」
頭から足の先までジロジロ見てしまったのが伝わったのか、彼の細い目の上にある眉毛が下がる。
その表情を見れば多少の警戒は解けた気がするけど、それでも。
靴の色を見れば、同じ学年という事は分かった。
それでも、どこからどうみたって年上にしか見えないし。
何より、身長のせいか、威圧感がすごい。
「何か、用事ですか・・・」
「いや、これといって用事は無いのだが・・・精市が仲良くしてるという話をよく聞いていてな、俺も知り合いになって、友達にもなっておこうと思っただけだ」
「・・・」
「本当だ」
「・・・」
「後で精市に聞いてくれても構わない」
更に彼の眉根が下がる、どうやら悪意は特に無いように感じる。
それにしても、背が高い。
そして精市を名前で呼び捨てしているのを私以外で初めて聞いた。
クラスの男子でさえ、彼を「幸村」と呼んでいるのだから、彼は本当に仲が良いのだろう。
でも、それが私との接点になる理由は無い気がする。
「えっと、何くんだっけ?」
「柳だ、柳蓮二」
「レンジでチンの、レンジ?」
「・・・不本意だが、そうだ」
「あとで精市に聞いてみるね、じゃ、じゃあ」
「ああ、聞いてみてくれ、時間を取らせて悪かったな」
「ううん、ば、ばいばい」
「ああ」
とりあえず、逃げるように彼の横を通り過ぎて教室へと向かう。
通り過ぎた後にチラリと彼の居た場所を振り返ると、レンジでチンの人が片手をあげた。
私はそれに簡単に会釈をして、やっぱり逃げ出すように教室へ急ぐ。
なんか変な人に捕まった気分だ。
教室のドアを急いで開けて、閉めると携帯をいじっている精市と目が合う。
「何かあった?・・・って顔してるけど」
「あった」
椅子を引いて、精市の前に座る。
確かに違うクラスに友達が居ない私としては、さっきの申し出はよく考えたら嬉しいものだったんだけど。
「何?」
「なんか、レンジでチンって人、知ってる?」
「レンジでチン?」
精市が小首をかしげる。
その仕草は彼に似合っていて、とても柔らかい。
いつも柔らかい仕草なんだけど、喋りだすと全然柔らかくなくなるのが彼の最大の不思議だ。
「背が高くて、なんか前髪がパツーンってなってて、名前がレンジでチン・・・」
「あはははは!蓮二の事か、あはははは、レンジでチンってよく言えたね!」
「え」
さっきまでの柔らかさはどこに行ったんだろう。
お腹を抱えるように笑い出した彼を見つめる。
とりあえず、笑い終わるまで待つ以外に他は無いんだけど。
「アイツの事、レンジでチン扱いか、あははは、りんやばい、俺、面白くて」
「ぜんぜん、精市さんが笑い転げてる意味が分かんない」
「あははは、はー、はー、俺、りんのそういう面白い所、好きだよ」
「・・・馬鹿にされてるようにしか思えないんだよなー」
「してるしてる、少しね、あはははは」
「・・・く」
そろそろ笑い終わってくれないかな、そう思いながらスマートフォンをポケットから取り出す。
精市に言われた通りに、お母さんの写メを見せるためだ。
ついでに侑士も写ってるけど、問題は無いだろう。
「はー、面白かった、で、蓮二がどうしたの?」
「トイレから戻ってくる途中に、急に友達になってくれって話しかけられたんだよ」
「そうか、アイツに何か個人情報喋った?」
「ううん」
個人情報?なんか変な聞き方をするなぁ。
「そっか。アイツの趣味がさ、個人情報収集なんだよ、何でも知りたがるんだ」
「え」
「まぁ、趣味だから、悪用は・・・多分してないし、でも無害ではないけど」
「変人なの?」
「あー、そういう見方もあるかもね、昔からの付き合いだし、出会った時にはもうあんな感じだったから俺は慣れちゃったけど」
レンジくんという人が精市と仲が良いのは確かみたいだ。
でも、警戒はしたままで良さそうかも、話を聞いている限りじゃ。
「ふーん・・・あ、言われた通り、母さんの写メとってきたよー」
「見る見る、似てるんだろーなー」
「うーん、自分じゃ分かんないけど、結構言われる気がする」
スマートフォンで撮った写真は中々画質が良い。
母さんはあっという間に帰ってしまったけど、写真を見ればそれだけで少し安心できる。
精市に見せれば「なんで忍足・・・」と真っ先に侑士の事をつっこまれてしまい、家族ぐるみで侑士とは仲よしなんだよと言っておいた。
「忍足と付き合ってる・・・って事は無いの?もしくは付き合ってた、とか」
「ないない、侑士はもう家族みたいな感じだし、そりゃあたまに良い男かもとは思うけど」
「ふーん、あ、やっぱりお母さんと似てるよ、雰囲気と顔が」
「そうかなー」
そんな会話をして昼休みはあっという間に終わってしまった。
ショートホームルームの間、ふとレンジくんの事を思い出す。
個人情報を集めるのが趣味って事は、私の個人情報を知りたかったのかな。
いや、でも、全然他人だし。
まぁ、また会う様な事があれば、その時考えよう。
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