「めずらしいね、廊下に居るの」


急いで教室に戻ってきたら、廊下に精市がもたれかかって、携帯を見ていた。

廊下の奥を見れば遠巻きに、同級生なのか先輩なのか判断しかねる女の子がこそこそ彼を見ている。

さっき階段の所で、うちのクラスの方を覗いていた子達も、これか。

普段、精市が廊下で携帯なんていじってないもんな。


「りんがどうなったか気になってね、廊下で待っててやったんだよ。おかげであと15分しか昼休みないんだけど」

「う、早く帰って来たつもりだったんだけどなぁ」

「まぁいいよ、俺は先に北原達と食べたから」



精市は単に心配してくれてるだけなんだろうけど、言い方が偉そうだ。

それがとてつもなく似合うせいで、何も言えないんだけど。



「泣いて帰ってくるかと思ってたけど、大丈夫だったみたいだね」

「うん、不幸のお呼び出しじゃなかったから大丈夫だった」

「そっか、なら俺も安心したよ・・・え、本当に告白だった?」

「・・・まぁ、そうだけど」

「そっか、ご飯食べながら聞くよ、中に入ろう」


促されて、教室の中に入る。
廊下の隅から短いブーイングみたいな声が聞こえたけど、無かった事にしよう。

席についてお弁当を広げながら、さきほどの出来事を思い出していた。

考えをまとめて話すと、また伝わりにくそうだなぁ、そう思いながら精市にかいつまんで話す。


「うーん、時間もないし、実際にあった事だけ言うね」


そう前置きすると、精市はニコリと笑った。


屋上には1個上の真島先輩という男バスの人が私を待っていた事。

本当に告白されてしまったけど、断った事。

そして、待ち人を教えてくれた、におーくんの事。


「なんで仁王が出てきたんだ?そこは詳しく説明してよ」

「なんか屋上に向かう階段で、上から降りてきたんだもん」

「アイツ、サボったな・・・続けて」

「そしたら呼び止められて、誰が待ってるか教えてやる代わりに飴ちょうだいって言われたんだよね」

「飴って、いつもりんが持ってるやつ?」

「そう!なんで私が飴持ってるの知ってるんだろーとは思ったけど」

「・・・」


精市は考えこんでるのか、腕も足も大きく組んで視線を横に滑らせ眉間にシワを寄せていた。

ああ、偉そうなのがこんなに似合うのはきっと跡部くんと彼だけだろうな、ほんと。

なかなか次の言葉が出てこないみたいなので、私は話を続けた。


「なんか飴をあげなきゃ、俺は動かないって感じだったから、飴をあげたっていう話」

「あ!思い出した!そういえば俺がりんから貰った飴をアイツにあげたんだ」

「え」

「あんまりにもバテてたからさ、栄養補給に良いと思ってりんから貰った飴をあげたんだ、そういえば飴がすごく気に入ったみたいだった。その時、ほら、俺とりんの噂についても聞かれたんだよ、だから仁王が知ってたのかな。アイツ、勘だけは良いから。」


近すぎる彼の顔がフラッシュバックする。

綺麗な顔をしていた、近すぎて目が見れなくて、口元にあるホクロばかり見てたな、そういえば。


「あ、精市、聞いてもいい?」

「俺に答えられる範囲ならいくらでも」


ご飯もあと少しで食べ終わる。

時計に目をやれば、昼休みは後5分しかない。

果たして、この質問の答は昼休みの時間だけで説明してもらえるのかな。



「ねぇ、におーくんって、どんな人?」




---






「男バスのイケメンな先輩が居ったよ、なんじゃソワソワしとったき」

「男バスの先輩?」


すれ違って、思わず呼び止めていた。

屋上へと向かう彼女はあまりにも気張った顔をしていたし、何より話しかけるチャンスがきたのだ。

性格についても参謀が後日教えてくれた。

彼女はテニス部に特に興味は無いが、たまたま仲良くなる男友達がテニス部だっただけらしい。

幸村しかり、忍足しかり。

参謀が氷帝の知り合いに聞いて、忍足と暁さんが2年間噂続きになってたのを知った。

高校が違うためか、今では忍足の片思いという事でまとまってるらしい。

片思いの男が足繁く女の家に通うというのも、それはそれで面白い。

噂の域を出ない話しらしいが、忍足の恋愛がうまくいかない事を願う。

あいつ、なーんかムカつくんじゃ。




彼女の顔を覗き込めるぐらいに近付けば、息まで止めてしまうんじゃないかってくらい固まってしまった。

その隙に屋上のドアに彼女を押し付けて、顔の横に肘をつき、空いている手で俺は飴玉を目線の高さに持ち上げた。

ビー玉みたいな飴は、明かりが少ないこの場所じゃ、キラキラと光ったりはしない。


「幸村と噂されて、更にはイケメンな先輩からも呼びだされて、りんちゃんはモテモテじゃ」

「なんで、名前」

「同じマンションに住んどる仲じゃろ、細かい事気にしなさんな」

「わかった、は、はなれて」


なんとか絞り出した声は震えてるように聞こえた。

幸村と噂されても、どこ吹く風のように見えたが、案外普通の女の子なのかもしれない。

飴をポッケにしまい、どいてやろうかとも考えたけど、やっぱりヤメタ。


「俺と同じマンションに住んどるのは他の人には言わない方がええ、もーっと噂に尾ひれがついて、いつか本当に女子に呼び出される」

「・・・」


珍しく相手の目を見て喋っていたが全然目が合わない。

すぐそばにある、髪の毛を指ですくってみれば、1ヶ月ほど前に出会ったお化けちゃんと同じ触り心地だった。

当たり前か、同一人物なのだから。

それにしても返事すらない、なんだか急に俺が恥ずかしくなってきた。


「返事せんと、もーっと近寄っちゃる」

「言、わない言わない、いわないいわない、だから離れて!」

「ぷり」


一歩後ろに引けば、彼女は肩で息をしながら、ようやく俺の目を見てこう言った。


「はぁはぁ、あー、えーっと、におーくんだっけ」

「そ、におーまさはる」

「におーくん。からかうなら、もっと暇そうな子をからかって、私、早く屋上いって、話しつけて、教室に戻らなきゃいけないんだから」

「ぷりー」

「ぷりだか、なんだか知らないんだけど、私いくね、教えてくれて有難う、じゃあ」


それだけ言うと彼女は屋上のドアを開けて、眩しい光の中に吸い込まれるように消えてった。

ガチャンとドアが音をたてて閉まり、眩しい光は線のようになって俺の足元に残った。



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