「あー、しんどいのぅ」
「なんだよ、だらしない」
思わず口に出してしまった言葉に呆れた声が返ってくる。
声の方を見れば、スッと背筋を伸ばして涼しい顔をした幸村が居た。
おまんは何でそんな元気になったんじゃ、前みたく少しばかり儚い方がまだ扱いやすかったのに。
と、心の中でつぶやく。
コイツに下手な口答えすると4倍ぐらいになって返ってくるので、今のしんどい状況がもっとしんどくなる。
「単なるエネルギー切れじゃ・・・」
「仁王ちゃんと喰ってるの?また痩せたんじゃないか?」
「なんじゃろ、一口食べたらもう食えん」
夕方の部活が終わり、とうとう明日からゴールデンウィークに突入する。
まぁ、見事に部活三昧のスケジュールだが、他にやる事もないし別に問題はない。
むしろテニスだけで有難い、テニスコートのギャラリーもきっと減るだろうし、万々歳であるに違いない。
「しょうがないなー、ちょっと待ってて」
待ってるも何も、もう動きたくないので大人しくその場で転がる。
春の18時30分は明るくない。
転がって空を見上げればナイター設備の電気が光っていて、虫がちらほら飛んでいた。
既に部活は終わっているが、自主練習がこれから始まる。
スタミナ切れだし、今日はもう早く帰って休もうか、いや、幸村にぐちぐち言われる方が面倒だから、やっぱり残ろう。
ちょっと休む事に決めて、俺は目を閉じた。
涼しくて気持ちいいな、あー疲れた。
「ほら、これやるよ、エネルギー補給」
幸村の声が聞こえたのと同時に胸の辺りに何か落ちてきた。
目をうっすら開けて胸に落ちてきたものを確認すると、それはどっかで見たことある飴が一つ乗っていた。
ビー玉みたいにキレイな飴玉は、最近の流行りなんだろうか?
「・・・ビー玉飴じゃ」
「綺麗な飴だよな、最近仲良くしてる子がいつも持ってて俺にわけてくれるんだよ、それでも舐めて、エネルギー補給して、立て」
「ぐ・・・、いただきます」
なんだか色々言いたかったけど、こらえた。
飴の袋を破って口にほうりこむと、ぶどうの味がひろがった。
飴を舐めたまま、もう一回目を閉じる。
「幸村」
「ん?」
「最近仲良い子って噂の子じゃろ」
「噂?ああ、付き合ってるとかいうやつかい?」
「それ」
嫌でも幸村は目立つ、もちろん俺もだけど、幸村ほどじゃないとは思ってる。
幸村が同じクラスの女子と付き合ってるという噂を最近よく聞く気がする。
まぁ主にブンちゃんが仕入れてくるのだが、これは本人に聞く絶好のチャンスだろう。
「ふふふ、付き合ってなんかないよ、外部生の子なんだけど、話してると面白い子なんだ、俺の事をやたら担いでこないしさ」
「なんじゃ、つまらん」
「今日なんか、俺と跡部が似てるとか言い出してね、あはははは!思い出しちゃったよ、あーおかしい」
「・・・」
幸村の楽しそうに笑う声がひびく。
いや、俺も似てると思ったけど、言わんでおこう。
「この飴、美味しいのう、流行ってるんか?」
「流行ってるって?さぁ?その子がいつも持ってきてるのは見るけどね」
「ふーん」
流行ってるとしたら話は別になるが、噂の子は俺がカーディガンをかけてあげた黒髪のお化けちゃんかもしれん。
明日から休みに入ってしまうから、幸村のクラスに行ってコッソリ確認という訳にもいかない。
まぁ見たらきっと、すぐに分かるだろう、綺麗なサラサラの黒髪だったし、向こうは気付かないだろうが。
「その飴、気に入ったのかい?」
「おん」
「そうか、ふふふ、仁王って奴が気に入ってたって伝えといてやるよ」
どうやら幸村は本当にその子が気にいってるみたいだ、珍しい。
噂では幸村の事を名前で呼び捨てしてるらしい、そんな女子が立海に居るだなんて多少疑ってたんじゃけど。
どうやら本当か。
「楽しそうだな、精市」
「楽しいよ、新鮮で良いね、高校生になった気分だよ、あ、高校デビューだね」
「それはまた、違うんじゃないか?」
何時の間にか参謀がおる。
まぁ幸村の浮いた噂なんて初めてだし、情報収集ってとこか。
「だって皆が皆、俺の顔色伺ってさー、でも彼女は自然に接してくれて良いよ、1人で泣いたり笑ったり、普段は無愛想そうな所も可愛らしくて」
「暁りん」
「さすが蓮二、もう調べたのかい?」
「名前だけだ、外部生の情報は集めにくくてな、今の所は精市に聞くのが早いと思ってね」
「そうか、それは光栄だ、ふふふ」
飴をカラコロと口の中で転がしながら耳を傾ける。
俺もついでに情報収集、後でブンちゃんに教えてやろ。
「で、どうなんだ、付き合っているのか?」
「あはは!どうせそんな噂信じてないだろう?付き合ってないよ、仲良くしてもらってるんだ俺が」
「ほう」
「彼女には全然そういう目で見られないなぁ、そこがまた良いんだけど、純粋に新しい友達が出来て俺は嬉しいよ」
「そうか」
「でさぁ、さっき仁王にも言ったんだけど・・・」
やっぱり寝転がったのは間違いだった、もう眠い。
俺は立ち上がるのを諦めて、幸村の楽しそうな声をBGMに意識を手放す事にした。
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