「りん、俺もう行かんといけんからー、ちゃんとご飯食べていくんやでー、弁当も作っといたで、もってき」



侑士の声で脳内再生されたメモを見る。

どうやら彼は一足先に学校へ行ったらしい。

そりゃそうか、時間かかるもんね、朝練もあるだろうし。

朝ごはんに、お弁当まで作ってってくれるなんて、いい友達だ。

次は私がちゃんと作ろう、うん。


寝起きのぼーっとした頭では考えられる事もそのくらいだし、もう7時すぎだ、早く用意しなくちゃ。

とりあえず、お弁当は忘れないように手さげ袋にいれて玄関に置いておこう。

お皿に盛られたベーコンエッグはまだ少し温かいし、そのまま食べよう。


結局、終電の時間をすぎても侑士はノンビリ家に居た。

感覚で泊まっていくんだなーと思い、お風呂をすすめたり着替えを用意したり、テレビを見てたら、あっという間に12時を過ぎた。

侑士がお風呂に入ってる間に洗い物をすませて、宿題をこなす。

なんか、彼氏とか出来ても普通に侑士は家に居そうだ。

それは、どうなんだろう。

母さんから電話がかかってきたりして、侑士がたまに来てくれる事を伝えると羨ましいらしくイジケていた。

なので、風呂上りの侑士に電話をかわってあげると、侑士はニコニコしながら「風呂いただきましたー」って言うもんだから。

遠くから母さんの黄色い声がもれていたのが、少し面白かった。

ジャニーズとか、韓流ドラマとか好きな母さんは、やっぱり侑士には甘いよな。

転校して気付いたけど、侑士は確かに、まぁうん、顔も性格も良い。

でも全然恋愛対象外なのは、家族みたいな友達になってしまったからだろうな。

氷帝に居た時は、侑士と付き合ってるってみんな勘違いしてたしな。

岳人君にそう言われた時は、もちろん全力で否定したけど。

そういえば、跡部君には一回もそういう風に言われなかったな。

全校生徒の事はなんでも知ってるっていうのは本当なんだろうな。

こわ・・・、いやスゴイ格好良いとは思ったけど。



食べ終わった後のお皿を軽く流して、シンクの中にそのまま置く。

帰ってきてから洗おう、それより歯磨きして用意しなきゃ。

ああ、そうだ、学校について幸村くんを見つけたらお礼を言わなきゃ。

話しかけられるかな、少し不安だけど。

一晩寝たら昨日の学校での出来事は夢だったんじゃないかと思ってしまうぐらい。

家を出る前に、昨日侑士から貰った飴を2つポケットにいれた。

よし、ちょっとドキドキするけど行こう。



---



「ねぇねぇ、次は体育だよ、一緒に着替えに行こうよ」

突然の声にビクリとはねあがる。

学校について、教室の中に入ってからもう何回めだろう、肩がはねるのは。


朝から女の子達や男の子達に囲まれて質問攻めに合う。

やはり昨日の出来事は夢じゃなかったみたいだ、嬉しい、そして、もうどうして良いかも分からない。

もみくちゃにされている気分ってこんな感じなんだろうか。

幸村くんとは何回か目が合って、その度にニコリと笑いかけてくれる。

朝から何回も話しかけに行こうと思っては居るのだけれど。

話しかけに行く前に、他のクラスメイトに声をかけられて、授業の間の休み時間が終わって行く。

そんな事を何回か続けていくと、何時の間にか昼休みの時間になっていた。

よし、今度こそは、幸村くんにお礼を!そう意気込んだが、やはり先ほどと同じように他のクラスメイトに声をかけられて立ち止まってしまった。

情けない、お礼も言えにいけないだなんて



「情けないなぁ、何度もチャンスはあっただろ?そういう風にウジウジするのって良くないと思うな、俺は」


声が聞こえた瞬間に、血の気が引いた。

まさに今、そう考えていた所で、その声は紛れもなく優しく笑った幸村くんの声だったから。


「朝から俺も話しかけに行こうかなって思ってたんだけど、周りがあんまりにもキャッキャしてるからさ、なかなか雰囲気がつかめなくてね、まぁ単に暁さんから来てくれるのを待ってたんだけど、このままじゃ待ったまま一日が終わりそうだったし、俺から話しかけてあげたよ」

「ゆ、ゆ、幸村くん」

「わー!幸村が怒ったー!逃げろー!」

「じゃ、暁ちゃん、また話そうね!」


蜘蛛の子を散らすとは、きっとこの事なんだろうな、そんな下らない事を考えてしまった。

人集りは消えて、私と幸村くんとの間に人は居ない。


「あ、あの、幸村くん昨日はありがとう」

「どういたしまして、一緒にご飯でも食べようか」

「え、いいの?」

「もちろん、俺はそのつもりだけど」


そう言って彼は、またニコリと笑った。
その間中、教室の中が驚くぐらい静かなせいもあって本当に彼の笑顔が際立っていた。

昨日と同じように、私の前の席にある椅子を引き出して持っていたお弁当箱を私の机の上に広げはじめる。


「ありがとう、ご飯まで」

「ほら、昨日言ったけど、俺はこういう性格だからご飯食べる友達が居ないからさ、りんが一緒に食べてくれると嬉しいな」


急に名前で呼ばれてドキリとしてしまう。


「あ、りんって呼び捨てにしても良いかな?」

「うん、私も同じように名前を呼び捨てして呼んでも良いかな?幸村くんの下の名前は?」


そういうと幸村くんは少し驚いた顔をして「精市だよ、よろしくね」と言った。

教室の中はまだまだ静寂が続いていて、なんだかやたら私達の声が響いている。


「よろしくね、精市」

「うん、なんかちょっと照れるな、あんまり俺の事を名前を呼ぶ奴って居なくてさ、嬉しいよ」

「そうなの?」

「うん」


たわいもない会話をしながら、だんだん既視感を覚える。

ああ、この少し強引な所も、思ってる事をサラッと言い当てたりする所も、周りが彼の言う事につい従ってしまう所も


「・・・精市って、すごいモテる?」

「え?」

「前の学校にね、なんとなく似てる人が居たんだけど、その人はビックリするぐらいモテてたから」

「へぇ、俺に似てる人が居たの?」

「うん、見た目は正反対なんだけどね」


本当に跡部くんとソックリ。

そう心の中で付け足す。

まぁ、跡部くんはこんなにいつもニコニコしてなかったけど。


---



あの日を境に私と精市はお昼ご飯を一緒に食べるようになった。

とうとう立海にきて始めての長期休み、ゴールデンウィークがくる。

私と精市の会話も自然と、その休み中に何をするかという話題になった。

精市は部活が忙しいので休みでも部活三昧らしい。


結局、入る部活をまだ見つけられない私には羨ましい内容に聞こえた。


「あ、そういえば、りんってどこからの外部生なの?聞いてなかったよね」

「そうだっけ、なんか言った気がしてた、神奈川じゃないんだけど、東京の氷帝って所だよ、知ってる?」

「ああ、氷帝か、知ってるよもちろん」

「そうなの?東京なのに神奈川でも有名なのかな・・・」

「俺も言った気がしてたり、誰かが言うだろうと思ってたから言わなかったんだけどさ、中等部から男子テニス部だったんだ、俺は部長もしてたから氷帝はよく知ってるよ、試合もした事あるかな?」


中等部から男子テニス部?

でも、まぁ氷帝にもやたら部員はいたし、テニスって流行ってるのかな。


「氷帝の男子テニスってすごい強かったんだよ?練習試合とかしてたって、立海もテニス強いんだっけ?」

「あ、本当に知らなかった?それはそれでまた新鮮でいいね、ちなみに言っとくけど、俺は氷帝のレギュラー全員に負けないぐらい強いと思うけど」

「え、そうなの?」

「うん」


ニコリと精市が笑った、本気で言ってるみたいだ。

なんだ、この感じ、まただ、跡部くんが頭をチラつく。

レギュラー全員?じゃあ侑士とかよりも強いのかな。まさか、だって、え?
なんか侑士も立海のテニス部知ってるとか言ってたな、じゃあ本当に立海もテニスすごのかな。

そういえば、彼を名前を呼び始めた頃に言っていた気がする。あんまり名前を呼ばれないって。

彼があまり名前を呼び捨てにされない理由、ようやくこの段階で分かった。

いや、推測だけど。

違う理由かもしれないけど、もしその理由であれば、私は大変な事をしでかした事になる。


「氷帝からだったんだ!氷帝のテニス部だったら何人か知ってるよ、俺!まぁレギュラー以外は知らないけど、誰かレギュラーで仲良かった奴とか居る?」

「・・・」

「りん?どうしたの?ビックリした?俺がテニス部だったって」

「・・・似てる人が居るって前に、言ったの覚えてますか?」

「似てる?ああ、前なんか言ってたよね、なんで敬語なんだい?」

「その人の名前言っても分からないだろうと思ってたから、言わなかったんですけど、あのね精市くんってさ」

「なんだかりんが敬語使ってくるの、少し気持ち悪いね」

「跡部くんとすごい似てる、よね」


私が万を時していうと、精市は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに机をバンバンと叩いて笑い転げ始めた。


「あはは!なんだ、俺に似てるのって跡部かぁ!すごい心外だな!跡部ね、あははははは!!笑わせないでよ!」


あの跡部くんが、心外扱いされてる。

一緒に下校するようになった女の子が「幸村くんを精市って呼ぶだなんてスゴイ」って言われた時に「なんで?」って聞いた自分が恥ずかしい。

きっと立海生にとって、氷帝のカリスマ跡部景吾は、目の前でまだ笑ってる幸村精市だったんだ。

私だったら、跡部くんがいくら私を名前で呼んだって、彼を名前で呼び捨てにする勇気とか、絶対にない。


「あー、面白かった。で、誰が誰に似てるって?」

「・・・な、なんでもない、人違いだったみたい」


彼の笑顔を見ながら、私の血の気が音をたてながら引いていった。


「そっか、そうだよね!俺が跡部に似てるだんて本当に迷惑以外の何者でもないもん!」

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