×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

二人並んで風に揺られている。手は繋いでいない。もう何もかも終わってほしい。そんな私の背を押すように追い風が勢いを増した。隣で穏やかな目をした幸村が微笑んだのを合図に私たちはふわりと足を踏み出す。真っ逆さまに、永遠めがけて。
……。ふと気づくと私を見下ろす幸村がいる。なぜあなたはまだ立っている?一緒に居ようって言ったのに。もう手を伸ばしても遅い。私の目の前で幸村がどんどん小さくなり空はどんどん大きくなる。風の音で何も聞こえない。なぜ…と喋りかけた頃にはもう、世界は白く白く。
……。赤。見渡す限りの赤。このバラバラでグチョグチョになった破片は、私か?
見上げる。遥か上空、屋上に微笑む男。間違いない、あれは幸村。そして落ちたのは私。確認するように自分の死相を眺めてからもう一度顔をあげる。彼の姿は、どこにもない。

「落ちる夢は逆に幸運の兆しらしい」
事情を何も知らない柳蓮二に夢占いを調べてもらった。
「でもそのあとべちゃってなるよ」
「ふむ、この本いわく、自らの死が示すのは転生、新たな自分への一歩、他にも…」
「なにそれ?嘘くさい」
「調べろと言ったのはお前だ」
柳は鋭い視線で私を見据え、はっきり続ける。
「所詮は非科学的な話。あてにするかは信じる者次第だろう」
でも私は知っている。占術にでも頼らなきゃ、この地獄は変えられないってこと。

幸村の微笑んだ目が好きだった。優しい瞳を向けられるだけでころりと心が穴に落ちる。もう誰も助けてくれないほど深い恋の落とし穴へ。そうして奪われ遊ばれ絆された結果このざまだ。もう隣にいないと知れば知るほど彼のために胸が張り裂けるのに。こんな苦しみ、彼は知る由もないんだろう。
「ねぇ、飲みに行こう」
心の痛みに耐えられずぽちぽち打った控えめなラブコール。それっぽい気持ちは微塵も臭わないよう気をつけながら、でも言葉に出来ない呪いを込めて。
「久しぶり。一ヶ月ぶりかな」
これが運良く幸村の気まぐれに引っかかった。

夜、居酒屋特有の賑わいの中、その場に似つかわしくない穏やかな微笑みが私に向けられ、懐かしい幸福に酔いしれながら別れた後どうしていたかをちらほら話すうちに次々グラスが空いた。頭がぼやけ出す。幸村もいつもより饒舌になり始めた。こういうとき、普段と違って子供みたいに崩れた彼の笑顔がたまらなく好きだ。これがずっと私だけのものだったなら。
「それで私たち一緒に落ちるんだよ。でも気づくと幸村は柵の向こうで見下ろしてる。私だけが落ちる。一緒に死んでくれないあたり、ほんと幸村らしいよね」
なんでこんな話をしてしまったのか自分でもわからなかった。酒のせいだけではない。それになんでこんな女たらしを今でも好きなのだろう、誰か教えてくれ。ねぇ柳?科学で証明できるってんなら証明してくれよ、この魔法のしくみを。
幸村を振ってから幾度も見る悪夢について嘲笑気味に語ると、それを聞き終えた幸村も楽しそうに笑った。
「そうだね、ほんと、俺らしいや」
あっちこっちふらついて、飽きたらたまに帰ってくる。それでも私にとっては大好きな人だったし今でも同じ気持ちだ。だからここで彼が「俺にとってお前はその程度の穴」って認めてくれたら、どれほど苦しくても諦めようと思っていた。…思っていたのに。
「ふふ。じゃあ……次はちゃんと、ふたり一緒に落ちようか」
あたかも密か事に興じるようなひそひそ声で幸村は囁いた。急に近づいた幸村の瑕瑾ひとつない顔立ちにたちまち私の脳は思考停止、言うべき言葉が一切合切消え失せる。こすい、の三文字だけを残して。
「もう一度……私と付き合ってくれる?」
ぽろりとそれは漏れた。直後、愚かな口が幸村に塞がれ、惚けた頭には絶望だけが残る。この身がまた幸村に引き上げられたという絶望だけが。私を底なし沼へ突き落としたのは他でもないこの男なのに。地獄は何度だって私を殺すために掘り返される。そして一人落ち続けるのだ、幸村を道連れにする勇気もないから。でもやめられない、好きを止められない。私は……何度だって殺されに行く愚か者だ……。

その夜、やっぱり私は落ちて潰れた。
遥かなビルの屋上、依然、幸村はそこにいる。
繰り返される孤独な情死をいつまでも優しく、そして冷たく見下ろしながら。