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彼になぞらって敢えて言うなら、私はこのコックピットになりたい。ここは独立治安維持部隊アロウズの格納庫。他に戦闘機は数多にあれど、この機体の、この操縦室でなければ意味がない。お世辞にも座り心地が良いとは言えないシートに腰掛けて、周辺機器に異常はないか、モニターをはじめとする出力器に不調はないか、入念にチェックしていく。左のスロットルの調整に思いの外手間取った。夜勤の者が何人かは待機しているとはいえ、深夜のハンガーは静かなものだ。それに、このスサノオは製作者の意図なのか、こんなにも派手がましい機体だというのに随分奥にひっそりと、まるで人目を避けるように納められている。殆ど毎晩欠かさずこの機体にこっそり乗り込み保守点検とでも言うべき奉仕に勢を出しているが、そのことを誰からも見咎められたことがないのが密かな自慢だった。仮令誰かに見つかっても、私はちゃんと免許を持ったここの整備士であり、別に問題はないけれど、私はこの機体に執着していることを気心の知れていない人物に知られてしまうことを病的に恐れていた。それはこの機体がかつてとあるエースパイロットの為にカスタムされた戦闘機の一機だったことを、製作者であるカタギリ氏が隠したがっていることに似ているような気もする。兎に角スサノオはかつてフラッグカスタムと呼ばれていて、それは私が初めて製作に携わった機体だった。縦横無尽に空を駆けるあの美しいモビルスーツは私の誇りだった。彼等が出撃する度に、私はそわそわしながらフラッグファイターたちの帰りを待って、フラッグが基地に影を落とす前に滑走路の側まで出ていくのが常だった。余程フラッグが好きなのだろうと、パイロットたちにすら笑われていたけれど、私は自分が関わった機体にはどうしても万全を期していて欲しかった。やがて帰ってくるフラッグが一機、また一機と減っていっても、私の意識は変わらなかった。記憶の中の私の手はいつだって、キーボードを叩いているかスパナを握っているかのどちらかで、他に出来ることなんて無かった。それは今とあまり変わっていない。虚しくなりながら、最新のフライトデータをノートパソコンに移し替える。どんなに我々整備班が最善を尽くそうとも、それは爆撃の一つでもまともに食らってしまえば無意味なのだということに気付いてしまったのはいつからだろう。どんなに優れた腕のパイロットでも、撃墜されてしまえばそれまでだと。私たちは未だ、性能では何処の馬の骨かもわからないテロリストに叶わずにいる。唇を噛んだ。やっぱり私はこのコックピットになりたい。最後にパイロットを守るのはこの小さな密室だからだ。彼の受ける衝撃の全てを私が負いたい。耐性が追い付かないというなら、共に朽ちたい。私の力が及ばないというなら、先に壊れたい。彼だけを死地に送るなんて、私はもう我慢できない。何も出来ない私に、罰を与えて欲しい。私の最後のフラッグファイター。彼は私のことなんか知らないだろうけれど、きっと私を笑うだろう。この機体が無事にここにあることを確認しないと眠れないこと。彼が刻んだ傷の一つ一つを執拗に消し去り、新品同様の状態に保ち続けることで何もなかったかのように明日を迎えていること。私はもう狂っているのかもしれない。最後に計器に問題がないか確認して、コックピットを後にした。
空は少し明るくなっているようだが、あたりはまだ夜の帳の中にあった。薄暗いハンガーに自分の足音だけが反響する。簡単な梯子を用意すれば人が増えてくる前に間接部の接続も点検出来るだろうかと思い至ったところで、壁に背を預けてしげしげとこちらを観察する仮面の男を視界に入れてしまった。本日の作業はここまで。私は暗澹とした気持ちで彼に挨拶がてら軽く頭を下げた。
「勝手なことをしてすみません」
「何故に謝る必要がある、整備班の人間が機体の調整をしているのを咎めるパイロット等いない」
「…だって気持ち悪いでしょう?こんな時間にコソコソと専用機を弄られるのは」
「戦闘機のチューニングに定刻があるという話は聞いたことがない、よって、私は君の行動を善意故と見なす」
明瞭な喋り方は以前から何も変わっていない。私は力無く首を横に振った。違う。これは善意ではない。この行動は私のエゴでしかない。
「もし私がこの機体で事故が起こるように細工していたら、とか考えないんですか?」
「君はそんなことしない」
俯いた私の冷えきった指先を、彼の温かい手が包み込んだ。途端に絶望的な気持ちになる。この人は何もわかっていない。どうせまたすぐに一人で死のうとする。そうすることで不特定多数の誰かを守ろうとする。そして自分の矜持だけ守る。私に守らせてはくれない。それなのに私の行為は美談にしようとする。それによって私の誇りまで守ってくれる。その為なら私を信じてるふりさえしてくれる。彼は何もわかっていないが、私が夜な夜な整備だの点検だのと称して無意味な行為で時間を摩耗していたことは知っているに違いない。それがわかってしまった私は羞恥心で消えてしまいそうだった。何もわかっていないのは私のほう。コックピットになれない以上、私は彼に守られることしか出来ないのだ。死ぬのはいつだって彼なのだ。グラハム・エーカーは死んだのだ。


終末理論は机上の空論でしかない