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- ナノ -

憧れのあの人にランチに誘われた。

「こんなカフェで悪いね」
「いえ!全然です」

ライブラの戦闘員として走り続けて一年。私の向かい側に座って長い脚を組み、コーヒーを啜るのはスティーブン・A・スターフェイズその人で 彼に誘われてしまっては途中だった書類を放り出してしまうだろう。

「それでザップってばその女の子の事口説き始めたんですよ!仕事中なのに!」
「ははっ」
「いや 笑い事じゃあないです!」

あいつはもっとちゃんと仕事をするべきだとかレオナルドが来て調子に乗ってるだとか愚痴を零せばスティーブンさんは目を細めて話を聞いてくれる。

「まあスパゲティでも食べながら、ね」

ここのペンネは絶品なんだと微笑んだスティーブンさんに目を奪われた。戦闘中でも私を気にかけて いざという時は守ってくれたり、こうしてたまに息抜きさせてくれたり。何処までも出来た人だと思う。

「にしても君の口から他の男の話を聞くのがこんなに堪えるとは思わなかったな」
「え?」
「するなら僕の話をしてくれないかな?」

スティーブンさんの目が私のそれを捕らえる。

「え…は…?」
「この意味、分かるかな」

ナマエにはまだ早かった?と首をかしげる彼の色気の壮絶さと言ったら。

「そういう…意味ですか?」
「君が好きって意味だよ」

僕以外の男の話をして欲しくないんだ、と言ったスティーブンに私は惚けてしまった。本気だろうか?

「え…それはその…なんかのあれですか?」
「はは、あれってなんだい」

肩を揺らして笑う目の前の色男が私を好きだと言う。私は実感が湧かなくていやでも、とぶつぶつ独りごちると手に大きなスティーブンさんのそれが重なる。

「一生懸命な子だと思って目で追っていたら、いつの間にか離せなくなっていたんだ」
「…っ」

ぶわっと顔が熱くなるのを感じた。

「勿論、顔が好みっていうのもあるかな」

ねぇ、ナマエも僕に惚れてるだろうと言われて私は阿保みたいにパクパクと口を開閉する。

「無言は肯定だよ、ナマエ」
「っすき、です」
「ん 知ってる」

楽しそうに笑うスティーブンさんに鼓動がドキドキと早くなった。パスタの味なんて分からなくてボーッとしているとスティーブンさんの携帯が鳴る。

「っと…初デートなのに悪いな」
「え」
「血の眷属だ」
「ブラッド…ブリード」

それまでふわふわしていた身体から熱が一気に引いていく。血の眷属と聞けば私の身体は馬鹿正直にこうなる。スーツのジャケットにしまったICチップに無意識に触れた。

「さて、行こうかナマエ」
「あ はい」

スティーブンさんは机にお釣りが出るくらいの金額を置いて走っていく。それに着いていけばすでに警察が大量のパトカーを引き連れて血の眷属を囲っていた。

「どいてどいて」

人をかき分けて暴れまわる血の眷属の前に出るとそれはこっちを見てニヤリと笑った。

「あれー?エルダースの子飼いじゃん」
「っ」

ビクリと身体が揺れた。

「誰だったかー…あー忘れたけど…スパイでもしてんのかー?」

ケラケラ笑う血の眷属を前に頭がどんどん冷えていく。隣のスティーブンさんがゆっくりこっちを見るのがわかった。

「今日じゃなくても…いいじゃん」

ボソッとそう呟いて私は相手に背を向けて走り出す。

「ナマエ…!!」

大好きな声に呼び止められてもそれを振り切るように逃げればクラウスさんの声が聞こえた。

「ここは私が!スティーブン、君はナマエを追いたまえ!」

すぐにザップとツェッドも来るだろうからと付け加えられてスティーブンさんがわかったと言うのが聞こえた気がした。

私は大崩落の日、血の眷属の有力者に捕まり飼われた。エルダースの子飼いとして気まぐれに連れまわされて、そして気まぐれに放された。
敵の懐に入り込んで情報を掴んでこい。そう言われて私は直ぐにライブラに入る。

「はぁっ…は…っ」

乾ききった喉からは血の味がする。これで戦っても彼には勝てない。何度も隣で見てきたあの美しい氷は魔法のようで。

ビルの間を通り抜けて走る。

あと少ししたら彼が私を殺しにくる それはもう決定事項だ。

"君が好きって意味だよ"

そう言ってもらってからまだ10分も経ってないじゃないか。一年も平気だったのに、どうして今日に限って私の顔を知る血の眷属と遭遇してしまうのか。

「…っふ…」

いつかこの日が来るって分かってた それなのにどうしてすぐに情報を奪って逃げなかったのか。

「ナマエ!!」

腕を掴まれて壁に押し付けられる。首を締め上げる腕に遠慮だなんて優しいものはなかった。

「あっちのスパイなのか」
「…っか、は」
「チッ」

スティーブンさんは私を締め上げたままジャケットのポケットを探り、絶望を顔に浮かべた。

「…」

その手にあるのはICチップ。

「俺たちの情報を流すように言われてたのか」
「…」
「今まで何かがばれたような様子はなかったから…これが最初か」

首を絞める手に力が入った。

「ぁ…」

ひゅうひゅう抜ける空気は肺に送られずに口先で揺れる。

「昼の言葉も…嘘だったんだな」
「…っ」
「僕もどうかしてた…っくそ」
「あ、」

首を離されてその場に崩れ落ちた。咳き込みながら冷たいコンクリートに静かに覚悟を決める。

「何故すぐに情報を奪って逃げなかった」
「…ふ」

小さく笑いを零すとスティーブンさんの顔に嫌悪が浮かんだ。

「私もそれ、今さっき考えました」
「…もういい」

酷く悲しそうな表情をしてスティーブンさんはゆっくり足を持ち上げる。

「エスメラルダ式血凍道」
「…」

どうして逃げなかったのか、そんなのは決まってるじゃないか。私を親しげに呼んで、背中を預けて戦ってくれる そんな人たちとの明日を見たくなってしまった それだけだ。
綺麗な氷に身体が埋め尽くされる様子を綺麗だと、そう思った。

ライブラに戻ってそのICチップをPCに通した時、なんの情報も入ってないことを知ってスティーブンさんはどう思うんだろうか。

「…っ」

私を思って涙の一つでも流してくれたら幸せだなんて、私はなんて寂しい人間なのだろう。