×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

かつての家はもっとこじんまりとしていて両親と僕の三人だけの世界だった。今や寮が帰るべき家として皆で共有されているために、世界は息が詰まりそうになるくらい人で溢れ、広がった。
ホグワーツに来て、家族以外に大事にしたいと思える友達ができたことを僕は嬉しく思う。しかし同時に首に冷たい手が添えられたような危機感に陥る。折角できた大切な人たちに拒絶されてしまうかもしれないのがこわくてたまらないのだ。
拒絶されるというのは僕が人狼だからだ。もちろんホグワーツにいる学生で誰一人としてこのことを知る人はいない。しかしその秘密のせいで口は重く、さらには人が多いので息がしにくい。だから人のいない叫びの屋敷で僕は息をする。深呼吸をいくつかして一ヶ月分の酸素を取り込まなければ肺が潰されてしまうのだ、と馬鹿みたいに考えている。この瞬間息を吐き出して消費しているというのに。


顔や腕、手、ともかく体中のいたるところにできた傷がじわじわ痛む。傷つけたときに不思議と痛くないのは、暴れることに夢中になっているからだろう。そのまま痛みを感じなくなればいいのに、ついでに窒息死しそうになる夜も辛くなくなるのに。
外に出れば空気は澄み切っていたし辺りは静寂としている。まだ仄暗さを残す空は、寮に戻る頃にはすっかり明るくなってしまうのだろう。少しだけと立ち止まって目に焼き付けてから、僕はそろそろと歩く。

風を切る音で振り返る。こんな時間に人がいるわけないと高を括っていたら、かちりとパズルのピースが合うように目と目が合う。ローブに身を包んでいるその人は、箒に乗って浮かんでいる。見覚えのある姿だがどうにも思い出せない。頭を捻っていると彼女が話しかけてきた。

「こんなところに人がいるだなんて」

それは僕の台詞だよ、と言い返す。
お世辞にもきれいとは言えない格好をした僕は、彼女の隣に立つとみすぼらしく見えることだろう。黄色と黒色のネクタイがきっちり胸元に収まっているのが目に入り、彼女はハッフルパフ所属のクィディッチの選手だったかもしれないと気づいた。
それはそうとうわさになってほしくないので、口約束でもいいから言わないでって取り付けておかなくてはならない。今この場で、傷だらけの理由を質問されても、暴れまくったせいで嘘の答えをわざわざ用意するのは億劫だ。願わくば何事もなく済むといい。

「あなたのことは誰にも言わないよ。だから私のことも言わないでね」

先手を取られた僕は素直に頷くだけだ。その言葉にどれほどの信用が置けるかわからないが、彼女も秘密にしておきたいようだし要らぬ心配をして脳を使うのは嫌だったので、正直に信じることにする。
名前が思い出せない彼女はふいと顔を横に向けた。その横顔は凛としている。

「きみは空を飛ぶのが好きなの?」
「うん。ずっと飛んでいたいけど、そういうわけにはいかないし」
「もしかしてクィディッチの選手?」
「シーカーだよ」

彼女を一度しっかりと視界に収めてから、小回りが利きそうで確かにシーカーには向いていそうだと思った。小さいって思ったでしょう、と口を尖らせた。なんでわかったの、と尋ねれば、顔に出てる、と慣れきった対応だった。
それから高度を上げていったために僕は真上に視線を向けなくてはならなかった。彼女は大きく一回転すると、また近くに戻ってきた。同時に吹き付ける風が少し冷たく、傷に当たるとなんだか痛む。上にある空気程冷やされているのだっけ。太陽に近いのに変な話だと訝しんでいると、彼女が突然声を出すから僕はびくりと肩を揺らす。

「それで、試合に出るとヤジや応援の声がうるさい…と言ったら失礼だけど、まあ騒がしいから、こういう静かなときに自由に飛び回りたくなるんだよね」
「それが今この場所にいる理由?」
「半分当たり。あと半分は飛んでいたほうが楽だから」
「楽なの? 人って地に足をつけていたほうが楽じゃない」
「人それぞれで生きやすいところって違うんだよ」

彼女は蝶のようにひらりひらりと空中を舞っていた。縦横無尽に空を駆け巡る姿を見ると、地上に近く低空飛行をしていた彼女よりもずっとお似合いで、生き生きとしていた。そして彼女はあそこでしか息ができないのだと悟る。僕が独りで息するように。