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「いらっしゃいまーー」


浦原商店の敷居をまたいだら、妙な顔でわたしを見上げる子供がいた。こりゃ、ただの子供ではないとは前から気づいてはいるし、その子供もわたしがただの人間ではないと気づいているからこその、その表情であると思いたい。


「なんだ、その表情は」
「またアンタが現世担当なのかよ」
「いや?まだあのナントカっていうアフロヘアーの彼がやっていた筈」
「じゃあ今日はなんで」
「おや、またまた珍しい人がいらっしゃったじゃないですか」
「遅いよ、喜助」


店の奥からへろへろとした顔で出てきた店主を冷たく出迎えた。相変わらず死神時代から変わってないなと思いつつ、小さく並ぶ駄菓子をひとつ手に取った。


「このふ菓子、好きなんだよなあ」
「一個20円ですよ」
「…金はとるのか」
「勿論っス」
「それと、そこのそれも」


びっと指差した場所は、ビー玉がたくさん入った袋。怪訝な顔をしてわたしを見るジン太は、5粒ほど別の袋へと移し替えた。


「へぇ、また会いに行くんスか?もう妬けちゃうなァ」
「思ってもないことをいうね」
「何言ってるんスか?あたしはいつでも貴女のことを愛してますよ」
「ジン太、こいつはいつでもそうなのか?」
「…よく分かんねぇ」


妙な居た堪れない空気を読んだのか、ジン太はビー玉の入った袋を渡すと、さっさと奥へと引っ込んでしまった。子供に気を使わせて、とため息を吐いたところで、わたしは畳へ腰を下ろした。隣に喜助も移動してくる。買ったばかりのふ菓子をぽりぽり食べながら、買ったばかりのビー玉を目の前で吊るしてみせる。


「分かってるんだよ。でも、墓参りはやめられないのさ」
「律儀ですねぇ。これは死人も浮かばれますよ」
「おや、誰のことを言っているんだい?」
「貴女こそ、どなたのことを?」
「ふふ…本当、変わらないね」
「そっくり言い返しますよ」


意味深に言い合いを繰り返すわたしと喜助。あまり悠長にもしていられないと、現世のお金をぽんと渡して立ち上がる。「おや、もうお帰りで?」と引き留めもしない喜助にわたしは振り返りもせずに片手を上げた。


「もうひとりの死人が生きてるかどうか、確認がてらに来たとこだったんだよ」
「優しいですねぇ。死人も嬉しがっていますよ」
「雨とテッサイによろしくね」
「死人から伝えておきますよー」
「…根に持つなよ」
「あらら、何のことでしょ?」


敷居を跨いで外に出る。引き戸を完全に締めると、ぴしゃりと完全に分かったかのようにも思えた。優しい死神だと、彼は言った。そんなに優しくもないと、わたしは思った。
曇天の鉛色が今にも降り出しそうである。彼と別れた日の空も、確かこんな色だと今にながら思い出していたりした。


* * *



「ノックもせぇへんで霊圧垂れ流して、今ん死神は挨拶もロクにできないんか?」
「今っつったって…同僚に言われてもなぁ」
「ダホ。「元」をつけい、元を」


倉庫街のとある倉庫の上。猫やアリすらも遠ざかる倉庫の上で、わたしは何本か買ったなかの最後のふ菓子をぽりぽり食べていた。霊圧を垂れ流してはいないのだが、微量でも元隊長さんはやはり気づいてしまうらしい。
死人は、やはりちゃんといつも通りに生きていた。


「やっ。お墓参りに来たよ」
「お礼参りの間違いやないんか?」
「おや、そうして欲しければ変更可能だけど」
「まだ墓石も用意してへんのに誰が仏になんかなるかい」
「元、仏のくせに」
「かーっ!減らん口やなあ!」
「お互いね」


どっかりと腰を下ろした元仏、元死神の平子はいつも通りに元気だった。ふ菓子を一本差し出すと、まずそうな顔をしながら受け取ってぼりぼり噛み始める。「水分失せるわ」だの「浦原んとこならもっとマシなのあるやろ」だのと愚痴りながらも、なんだかんだ言ってちゃんと食べてくれる平子。

なんだかんだ言って、優しいやつ。


「今更なんやねん。こないな場所、ようわかったな。犬か」
「おや、昔なんやかんやあった仲じゃないか」
「あー!女っちゅうんはどいつもこいつもほんまにめんどくさい奴やなあ」
「そのめんどくさい女を腕枕したくせに」
「そのめんどい女に膝枕されたこともあったな」
「覚えてるね」
「当たり前や」


お前の膝枕はごっつ硬い。そう吐き捨ててやっとふ菓子を飲み込む。サラサラの金髪が風に揺れてカーテンのように揺れて。屁理屈こねてる口元がいつも可愛いなと思っていたことを思い出した。

平子とは、昔なんやかんやあった仲。好き同士でも無いのに寄り添っていたり、嫌いじゃ無いのにお互い見て見ぬふりをしていたり、まるで反抗期と思春期が同時に来た少年少女のように矛盾な関係であった。肌を重ねたこともあったし、些細なことで大喧嘩したこともある。まるで恋人同士、と散々冷やかされたけれどお互いその関係を認めたことはなかった。
不器用でいて脆い関係。それがわたしと平子との関係であった。


「喜助も元気だったよ」
「なんや、あっちの「墓参り」もしてきたんか」
「元気そうで何より」
「だったらふ菓子なんてモンよりポッキーくらいの代物買ってこいっちゅーのに」
「ポッキーゲームするかい?」
「ダホ。今更青春ごっこできるかい」
「「ごっこ」、か」


ごっこ。青春、ごっこ。

正直を言って、平子が愛染の策略にはまったあの時、もうあの変な顔が見られないのかと思うと本当にかなしかった。こうやって会いに来るくらいなのだから、そのかなしみは本当であった。根を這ったようにぐずぐずと引きずり巻きつくようなこんな関係は、わたしは望んでいたのだろうか。
それでも、平子から出たのは「ごっこ」でも、わたしのなかでは「ごっこ」ではなかったのかもしれない。


「なんや、お前は「ごっこ」ちゃうんか?」
「「ごっこ」はなんだかお遊びみたいだなあって思ったんだよ」
「今となれば「ごっこ」や。そのくらい薄っぺらい関係やで」
「そうかなあ」
「そうや」


隣に立つ平子を、唐突に抱きしめた腕がぱきりとなった。それは、わたしの胸の奥がなった音とひどく似ていた。


「おお、どうした。急に甘えたさんか?」
「うるさい」
「相変わらず肉のない身体やなァ。抱き枕にもならんわ」
「うるさい」
「もっと肉つけい。主に胸に」


「胸にでも尻にでもつけてやるさ。だから今はじっとしていてくれ」


なんで。よりによってなんでお前が選ばれなければならなかった。お前が選ばれなければ、今も瀞霊邸で過ごしていたというのに。こんなに、複雑な気持ちを抱かなくても済んだというのに。すっと巻きつかれた蔦が、悲しげな温度と苦しいくらいの力を秘めていた。それでも、かつかつと笑う声。


「しゃーない、離してくれそうにないんや。今日はお前抱いたまま寝るで」


見上げた先は、ビー玉など必要ないくらい透き通っていた。


* * *



「また、ふ菓子なんてものをたくさん買いますねぇ」
「ハマってまうモンはしゃーないやろ」


ガサゴソと駄菓子コーナーを漁る長身痩身の男。切りそろえた髪が、少々幼くも思えさせる。そんな男が馴染みの店で座り込み、ふ菓子ばかりをちいさな子供用のカゴに詰めていた。それを見た浦原は、「詰め放題じゃないスよ」ととめはしたが、まるで聞く耳を持たない。


「この前、えらい硬い女からふ菓子を食べろって差し出されたんや。水も用意せんとふ菓子なんて自殺行為やろ?でもなァ、なんでか忘れられんねん。なんでやろ。なんでか思い出してまうねん。プラスして、硬い女の顔と抱き心地もな。正直ほんまに硬かったで。女の癖に筋肉ばーっかついて、女に必要な肉がついとらん硬い女や。でも、そのアホみたいな女、何だか無性に愛おしいんや。馬鹿やろ?馬鹿みたいやろ?前はこんなんじゃなかった筈やのに、いつん間にこんなふにゃふにゃになったんやろな」
「見事にその硬い女の方にほだされましたねぇ」
「やっぱそういうん風に見えるか?」
「ええ、そりゃもうバッチリと」
「嫌やわァ」


ガシガシと頭を掻く男はしっかりと浦原の目を見ることができない。浦原も、そんな初心な男を見てはいられなかった。帽子をかぶり直し、「どっこいしょ」と声をあげてその場に座る。そして、ようやく男を見上げた。


「そういえば、最近ふ菓子を買っていかれた女の人が、それと一緒にビー玉も買っていかれましたよ」
「ビー玉ァ?んなモン何に使うんや」
「さあ?」
「飴玉と間違うて買ったないんか?アホやなァ」
「でも、その分ですとビー玉は貰わなかったみたいですねぇ」
「おう。第一貰ったところでなくしてまうわ」


あげなかったというより、あげる必要がなかったのか。浦原は今頃何をしているのかわからない友人を思い出しては男を見比べてくすりと笑った。


「その分ですと、十二分にお墓参りされたようですねぇ」


ほら、ビー玉なんていらないくらいに、彼の瞳は今日も輝いている。