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「おいおい、ついこの間まで社畜王に俺はなるとかいっぱしの言葉吐いていた癖によォ」
「ニートが社畜を語るな」
「社畜になるならニートのほうがマシですゥ」


腹立つような勝ち誇った笑みを見せる男に一発食らわせて、わたしは日本酒をかっ食らった。口の中に入っていた焼き鳥を吐いて、げほげほと噎せるニートなんてわたしは知らない。ふざけんな、だの殺す気か、などと吐くニートを放っておいて、なくなった徳利をお登勢さんに渡して追加を頼んだ。


「銀ちゃーん。わたしお茶碗三杯の米じゃ足りないアル。もっとお腹いっぱい食べたいヨ」
「おーおー、こちとら社畜のきたねー部屋片付けて汗水流して働いたってのに、どこかの社畜は懐に金を溜め込むことしかしねェもんなァ。大してでかくもねー胸に入れたって何も変わりやしねェってのにぶべらァァ!」
「ごめん手が滑った」
「謝るならもっとテンション上げろやァ!大体、そんな使い古された言い訳が通用するとでも思ってんのかァァ!」
「うるせーんだよ働け万年金欠野郎!奢られてる身で踏ん反り返ってんじゃねぇ!」
「おごふぁ!」
「お登勢さん、坂田さんぶっ飛びましたよ」


ドゴシャァァ。座っていた椅子から吹っ飛んで行った坂田さんは後ろのソファー席に座っていたおじさんの懐へと吹っ飛んでいった。ざまあ。親父の胸でもしこたま揉んでな。
何故か勝ち誇った気分になったわたしは、神楽ちゃんの分のご飯とおかずの漬け物を追加注文した。この子には罪はない。お腹いっぱいになることは罪ではない。満面の笑みでご飯を飲み込んでいく神楽ちゃんに癒されて、わたしはそれを肴にお酒を飲んだ。


「…帰って見てみれば大して片付けてもいないし、何故かブラジャーが違う位置に片付けられていたし、何故かジャンプは置いてあるし、それでも世話になったから飲み代奢るくらい過剰評価してるってのに…」
「アンタもアンタだよ。一人暮らしの女の部屋を男に片付けさせるなんざ、何かがなくなったって文句は言えやしないんだよ」
「手っ取り早かったんです。業者は高いし」
「…まあ、アンタはよくやってるさ」
「ありがとうございます」
「ハタラクオンナハプラスヒョウカサレテルケドナ、ソンナンジャオンナトシテノヒョウカハゲノゲダナ」
「キャサリンさん、鬼嫁より辛口すぎる」


ぶちぶち愚痴を垂らすわたしの話なんて豚すら食べないような話なのに、親身になってお登勢さんは聞いてくれる。鬼嫁より辛いキャサリンさんも、なんだかんだ言ってわたしの話を聞いてくれている。


「あー…ここに住みたい」
「テメーナンザオコトワリダヨ」
「アンタって奴は…。女子力あげるっね豪語してたじゃないか。ほら、これサービスしてやるから明日も頑張りなよ」
「もうわたし…っ!お登勢さんの養子になる…っ!」
「ババァが女子力とか寒いこと言ってんじゃねェよ」
「うるさいね、てめーは水でも飲みな」


出されたきゅうりの辛子漬け。ぴりっと辛くてとっても美味しい。全力できゅうりを味わっていた頃、復活した坂田さんが隣に座った。出されたコップは同じものの、中身は透明な、水。よく見れば先ほどよりも顔がずっと赤い。タダ酒だからハイペースで飲んでたもんなぁ。出された水に文句つけながら、それでもちびちび飲む坂田さんにちょっと笑えた。

私もお猪口に残っていた鬼嫁をくいっの飲み干す。唇の裏の横にある治りかけの口内炎が少し沁みて痛かった。


* * *



「てめーいい加減起きやがれ!」
「へぶっ」


朝の一発目が視界に広がるババァとエルボーってどういう事だよ。
わき腹に決まったやけに骨っぽいエルボーがモロに内臓に直撃し、飲み込んだ酒たちが表に出ようと暴れまわっている。慌ててそれらを引っ込ませて起き上がると、店ん中は既に客はなく、玄関と窓から見える外もだんだんと暗さが和らいでいた。

記憶は、まあ多少はある。奴がタダ酒飲ませてくれるってんでついて行ったらババァの店で、暴力沙汰の飲み会だったことだ。あと、たまがメンテナンスでいなかったから余計に地獄を止める奴がいなかった。キャサリンには期待しちゃいねェ。
かゆい頭を掻きながら周りを見渡すと、しっかりソファーで寝こけている神楽がいた。頬に米粒つけてやがる。飯の夢でも見てんのか、よだれがソファーに染み込んでいる。


「とっくに閉店の時間過ぎてんだよ。さっさと神楽起こして帰りな」
「…あいつは?」
「アンタ残してとっくに帰ったさ。今日も早いんだとさ」
「そーかい」


おはようございます、とたまが入ってきた。源外のジジィのところでメンテナンス受けてたらしいが、今ご帰宅っつーことは相当時間がかかっていたらしい。「坂田さん、おはようございます」と律儀に挨拶申し上げてきたたまに、俺は片手を挙げるにとどめた。
テーブルの上の灰皿を片付け始めるたまを見送り、ババァはカウンターから出てきて新しい煙草に火をつける。指にしまった煙草をいじり、ババァは意味ありげに俺を見ていた。


「銀時」
「あ?」
「まさかアンタ、気づいてない訳じゃないだろうね」
「…あ?」
「あの子だよ。歩く時、右足を少しだけびっこ引いてたの、気づいちゃいなかったのかい?」
「…いや、分かった」
「…だろうね」


ババァが何を言いたいのかわかる。あいつのことは、何度か関わったことがあるから多少なりとも分かっているつもりだ。
家からここまで来る途中で気付いた。奴はばれねーように普通に歩くようにしてるつもりだったらしいが、右足を引きずっていたことは分かった。何故か。それは、


「…あの子を見てると不憫でかなわないよ。あんなに真面目に働くいい子だっていうのにさ」
「…てめーがいい子とか言ってんじゃねぇよ」
「なんだい、嫉妬かい?」
「は、誰がババァにするかよ。だったら昨日の水酒にでも嫉妬してらァ」
「そうかい」


くつくつ笑うババァにイラついた。行き場のない感情を舌打ちで押し込み、はけ口にいつまでも寝こける神楽の頭を叩いた。それでも起きない神楽に、いらだちは増した。


「精々悩みな、それでもアンタはまだ若いんだから」
「若さが羨ましーか」
「ああ、羨ましいね。戻れるモンなら戻りたいね」


喧嘩吹っかけたつもりでも、ババァは華麗に受け流しやがる。たまは何も知らずに掃除してるし、キャサリンは知らねェし知りたくもねェ。神楽は未だに起きようともしねェ。四面楚歌もいいとこだ。

あー、誰か今この時だけ地球滅亡させてくんねーかなァ。


* * *



あー、誰か今この時だけ地球滅亡してくれないかなぁ。


「金だけ取っていきやがって」


今日も終電一歩手前の電車に乗れたのはいいけれど、帰ってきたらまたいつもの部屋に戻っていた。坂田さんに片付けてもらったというのに、まただ。
荒らされた場所でもいっとう酷い箪笥の周辺だけでも片付けていたら、隠していた貯金がそっくりなくなっていることに気がついた。やられた、よりも無力さが勝っていた。

ご丁寧に、どうもって感じ。


「あーあ」


片付けるのも馬鹿みたいに思えてきたわたしは、スーツもカバンも何もかも全てをこのゴミ箱みたいな部屋にぶん投げた。衝動的に服を脱いで、替えの下着すら持たずバスルームに駆け込んだ。

…シャワー捻ると、直ぐに温かいお湯が体を暖めていく。汗でべとべとだった肌に流れる水は汚れと疲れを流してくれるけれど、渦を巻く汚い感情だけは洗い流してくれなかった。それが嫌で嫌でどうしようもなくて、一気に温度を下げてやけくそに頭から被った。
癒してくれるお湯から一変、今度は凍てつくくらいの水が体を打ち付けていく。バチャバチャと汚い音を立ててバスルームに響く。足の指先から髪の毛の毛穴まで、全てが引き締まるくらい冷たいのに、それでも汚い感情を凍らせてはくれなかった。
なんでこいつはこんなにも溶けてくれないし凍らせてもくれないのだろう。こんなにも体は冷えているのに、きっと内臓も冷えているのに、心の奥はくすぶったままで今もなお動き続けている。馬鹿みたいだ。感情なんてクソ食らえだ。こんなモン、犬の餌にでもやりたいくらいだ。そんな感情を抱くわたしも、十分クソ食らえ、だ。

途端、下品だった水の音がぱったりと消えた。


「ばっかオメー、いくら暑いからってこんなつめてー水浴びるか?普通」
「…え、あ」
「いくら酒好きで肝臓強くてもなァ、風邪ひいちゃ元も子もねーんだよ。こんな水ばっかあびてねーで、溜まった愚痴くらいババァの店でしこたま吐きやがれ」


さかたさん。さかたさんだ。
水の音が止んだのは、彼がわたしの前で背に水を浴びているから。わたしの前に壁のように立つ坂田さんは、徐々に水で濡れていく。
駄目、やめて、それはわたしが浴びて心を凍らせて殺さなきゃいけないのに。それでしかわたしは助からないのに。こんなに必死になっているのに、それでも坂田さんをこの手で退かすことができなかった。


「泣けよ」
「…は、」
「は、じゃねェよ。泣けってんだよ」
「泣けって言われて、泣けないし…」
「じゃあどうしたら泣くんだてめーはよ。いっぱしに泣けもしないくせに貧相な体んなかに全部溜め込みやがって。愚痴でも捨てきれねーモン、どうやって捨てていきゃあ気がすむんだよ。泣けよ、今ここで泣きやがれ」


坂田さんの口ぶりはいつもより乱暴なのに、坂田さんの温もりだけは誰よりも暖かかった。お湯では感じられない人肌の温もりは、ゆっくりゆっくりとわたしをほぐしていく。
でも、それでも、わたしは坂田さんの胸のなかで泣くことはできなかった。


「いいの、もう。わたしは大丈夫」
「…てめー、此の期に及んでなに言ってやがる」
「坂田さんの優しさに十分癒されたから、それだけですっきりしたよ。だから、もう」


俯いていた顔を無理やりあげられた。すっかり濡れた坂田さんの目が、とてつもない表情をしてみせていた。それが、どうしてもあの男に重なってしまった。
掴みあげられた顎をそのままに、坂田さんは舌をねじ込んできた。蹂躙される口内はまるで犯されているようで。治りかけの口内炎を舌先がかする。呼吸もさせてくれない荒々しい口付けは、わたしが坂田さんを壁へと突き飛ばすことで終了した。


「はあ、はあ」
「んだよ、平気じゃねェのかよ。平気なら、今ここで犯されたってお前は満足だよな」
「…い、や」
「嫌じゃねェよ。おら、さっさと壁に手ぇつけろ」
「…いやァっ!」


まるで人が変わったような目つきでわたしを蔑み行為を促す坂田さんは、どこからどうみてもあの男にしかみえなかった。
不定期で襲ってくる悪夢。必ず犯される夜。なのに、次の日は仕事。奴に持っていかれる貯金。もう、何もかもから、逃げ出したかった。やられるなら、やられる前に。

わたしはバスルームの床に投げた彼に掴みかかり、その首を無我夢中で絞めていた。


「ば、てめ…ー!」
「もう嫌なの!あなたと暮らす生活なんて、もう真っ平なの!わたしはあんたの財布じゃない!都合のいい性処理道具じゃない!わたしは!わたしなの!わたしの生活を返して!返してよ!」
「…っ」
「何もかも搾り取られていく生活なんて、地獄でしかないの!もうどっかにいって!いってよ、おおおお」


無我夢中で馬鹿みたいに叫びながら手に力を入れていたわたしだったけれど、急に切なくなってきた。ふっと力が抜けて、手を離す。ばしんと手を払いのけて、彼は盛大に咳き込む。その彼は、彼ではなかった。ここでようやく、彼はあの男ではなく、坂田さんだと気がついた。あの男は、今ここでわたしを犯そうとはしていなかった。

ああ、わたしは、なんてことを。それに、彼のことをこんなにも汚く罵倒して。全て見られた。全て聞かれた。


「さか、さかたさ、」
「もういい。なにも言うな」
「ごめ、なさ…さかた、さん」
「…言えばできるじゃねーか」


坂田さんにすっぴん見られても、ちいさなおっぱい見られても、体じゅうのぶたれた痕を見られても、もう何も恥ずかしくはなかった。今はただ、坂田さんの胸のなかで泣きたかった。
堰を切ったように溢れ出す涙が、シャワーのともに流れて一緒に坂田さんを濡らしていく。いつの間にか温かくなっていたシャワーの水にも気づくことなく、わたしはただ子供のように坂田さんにしがみついて泣いていた。


「さかたさ、さかたさん、さかたさん」
「わァーったから、ほら銀さんはみんなの銀さんだから。アイドルだから。存外てめーも欲しがりだなァ」
「さかたさん、すき、すきなの」
「わーったわーった」


全てを、この暖かい腕のなかでぶちまけていた。
わたしは、坂田さんが好きだ。


「あの男のことは心配すんな。てめーはまた明日から、いつも通りの社畜に戻ればいーんだ」
「さかたさ」
「あーもう分かったから!何度も名前呼ばれっと耳にタコできるわ!自分の名前で!」


ぐわんぐわんとバスルームに響いた坂田さんの声は、うるさくもいつも通りで、わたしは久し振りに腹の底から笑った。ニヒルな顔をしてみせる坂田さんも、やっぱり格好いいなと思った。


「今度、奢る」
「そう何度も女に払わせられっかよ」
「格好いいね。お金ないのに」
「ばっかおめェ、直ぐにでもパチで一発当ててきてやらァ」


わたしはいつの間にか坂田さんに惚れていたらしい。豪放磊落、天衣無縫。そんな彼が魔法のようにわたしの心に入り込んですんなりと溶かしていく。ほら、今もこうやっていつもの日常のような会話に戻っている。そんな彼の魅力に、わたしは囚われていたらしい。ニヒルに笑う坂田さんの頬を抓りあげると、面白いくらいに伸びて彼は呻いた。

それでも、やっぱり坂田さんの飲み代はわたしが払っていきたいなあ、なんて抓りながら思ったり、してね。