行儀良く仕留めて
キスをすると関係が変わるのだと言う。体を重ねると関係が変わるのだと言う。誰かが言っていたのだか、本で読んだのだかは忘れてしまった。
カップル二人で映画を見ていて、ラブシーンで妙な気まずさを抱いてしまう瞬間がまさか自分に来るとは思わなかった。恋愛要素が強い映画ではなく、むしろアクション系だ。
「アメリカ映画らしいね」
「こういうシーン、お約束なの?」
「うん、あるあるだよ」
高校に入ってからは余計にそうだが、中学の頃から部活に打ち込んでいたせいで映画には疎い。映画を見ること自体は嫌いではないのだが、時間が必要だ。映画を見る時間をバレーに費やしたいし、オフの日は疲れ果てていてそれどころではないし、勉強も疎かには出来ない。今日の映画のチョイスも彼女に丸投げしてしまった。受験勉強中に公開され、気になってはいたものの見れなかったタイトルらしい。
キスの相性、どう? ――最高よ。ヒロインがキスの相性が良かったら付き合ってあげると言われ、キスをするシーンだ。濃厚なキスシーン、気まずい。こういう時って、どう反応するのが最善なんだ。
「わたしたちの相性って、どうなんだろうねえ」
「……キスの?」
「うん」
つい、彼女の唇に目がいってしまう。不可抗力だ。何かつけているのだろうか、つやつやしている。……だめだろ。一瞬でもよぎった下心を振り払う。
「さあ……」
頭が全く回っていない。彼女の母親が一階にいるとはいえ、この部屋は二人きりだ。彼女が恥じらう様子もなく話すのを見ると、自分だけがやましい気持ちを抱いているような気さえする。
「わたしはさ、こういうのって比較論だと思う」
「比較論」
彼女は他の男と付き合ったことがあるのだろうか。キスをしたことがあるのだろうか。ジリジリと内臓が締め付けられる感覚がする。これが嫉妬か。俺は今、実在すら不確かな男に嫉妬している。
「だから、この女の人は、色んな人のキスを繰り返しているんだろうなあって」
濃厚なキスシーンを見ながら、彼女は淡々と言う。ねえ、それは実体験が元なの? 喉まで来るのに、その言葉は喉で止まってしまう。俺との体験と、前の男との体験を比較しているのか。
「……キスの相性なんて、わたしには分かんないから」
「…………え」
反応が遅れた。どうやら、深読みし過ぎていたらしい。一喜一憂とは正にこのことだ。
「京治は分かる?」
「分からないかな……」
「そっか。良かった」
安堵の表情だった。もしかしたら、俺と同じようなことを考えていたのかもしれない。
「京治は、わたし以外を知っちゃいけないんだからね」
ぞくっとした。どきっとした。その二つが混ざったような、全身が惹きつけられるような感覚。合せられた目には、言葉に出来ないような光があった。秘められた激情を見せられたようだった。
「……」
「どうしたの?」
「キスしよう」
「急だね?」
「そうだね」
「いいよ」
映画に影響されて盛ったと思われるだろうか。別にいい。映画なんか気にしていないぐらい、虜にさせられた。元々好きだったけど、なるほど、俺は彼女に恋に落とされたらしい。