動かないくちびるはなんて重いの


 クラスでも目立たなくて、何人かはわたしのことを覚えてすらいないだろうなと思う。そういう存在が、わたし。
 運悪くじゃんけんに負けてしまって、嫌な委員会に入る羽目になってしまった。今日はその打ち合わせだ。係の集まりと言うのは非常に面倒くさい。他の人は放課後帰ったり、部活をしたりしている辺りも面倒くささに拍車をかけている。わたしだって早く帰りたいのに。ホームルームが早く終わったのも今日じゃなければ嬉しかったのに、と恨めしさが増す。
 係打ち合わせをする教室についたが、まだホームルームをしているようだ。上級生の教室の前はなんだかドキドキする。同じ作りのはずなのに、雰囲気が全然違う、気がする。滅多に来ないところだから落ち着かない。移動教室で通るぐらいだ。椅子を引く音がしたので、ホームルームが終わったのだろう。ざわざわと賑やかになって、帰る人は帰る人で教室を出ていく。ほとぼりが冷めるまで入りにくいので、そのまま待つ。教室を出て各々の放課後を過ごしに行く人々を見送って、そろそろ良いかなと思い教室に入る。
 教室にいたのは、二人。この二人も運悪く係になってしまった人なのだろう。どこに座ればいいか分からなかったので、適当な席に座る。どうせ集まったら座り直すのだ。どこでもいい。その内一人が、わたしの隣にどかっと座る。

「なあなあ、係で来たのかー?」

 話しかけられていると気付かずに、間を置いて、気の抜けた返事をしてしまった。

「早くおわんねーかなー。なー?」
「は、はい」

 ボクトって静かに出来ないの? と、もう一人の人が言う。この人、ボクトって言うのか……。

「いいじゃん! せっかくの集まりなんだし! みんなが来るまでつまんないより楽しい方がいいだろ! なあ?」
「は、はい」

 でも、わたしと話しても別に楽しくならないと思います……。

「ほらー。困ってるじゃーん」
「困ってないよなあ?!」
「えっ、は、はい、あの、困ってません」
「イエーイ!!」

 なにこの人達……なんかすごい楽しそう。わたしが返答しただけなのに大袈裟にボクトさんは喜んでいる。

「早く集まりおわんねーかな!」
「さっきも同じこと言ってたよね」
「あー! 部活行きてえー!!」

 明るい人だな……。わたしとは接点がなかったタイプだ。こういう人は教室の中心にいるし、わたしみたいな四隅にいるようなタイプは目にも入っていないような。そんなタイプ。

「俺さー、バレー部!」

 わたしに向かって話しかけたらしい。ドヤ顔を向けられている。

「はっ、はい、そうなん、ですか」
「そう! 今年のインターハイで全国を取る男!」
「また言ってる。まだ予選前なんでしょ?」
「取るんだからいーの!!」

 そんなこんな会話をしていると、ちらほら人が集まって来た。ボクトさんは有名人なのか友達が多いのか、周囲には色んな人がいつしかいた。すごい……これが人気者……。ボクトさんは色んな人にツッコミを入れながらも楽しそうにしていた。それに。

「なー? お前もそう思うよなー?」
「はっ、はいっ」
「ほら見ろ!!」

 頻繁にわたしにも話を振ってくれた。上手な返答全然できてないのに。ただの優しさだって知ってるけど、それでも、慣れてないだけなんだろうけど、あの笑顔が、素敵に見えてしまって。移動教室の度に、ボクトさんいないかなって探してしまう自分がいた。

 * * *

 わたしのクラスには家庭科の教科があって、今日はクッキー作りである。普段はご飯ものを作るので、お弁当いらずで母親は朝早起きしなくても良いと喜んでいる。3時間目と4時間目で作るので、食べる方のわたしたちとしても嬉しい。

「自分で食べる? あげる?」
「彼氏にあげよっかなー」
「あー、先輩だっけ?」
「そうそう。昼休みに渡そうかなと思って」

 同じ班の子達の会話を聞いて、とっさに思い浮かんだのは、あの人。いつもすれ違う度に楽しそうにしていて、周りを笑顔にしているあの人。でも、わたしなんかが近寄れる人じゃない。あの人にはもっと快活なかわいい女の子が似合う。でも、でも、これを逃したらチャンスはない気がして。今までで一番、考えが揺れている。勇気がない自分と、勇気を出して話しかけようとする自分。決着がつかないまま時間は過ぎて、授業終わり、すなわち昼休み始まりのチャイムが鳴ってしまった。
 勇気がないわたしは、ご飯を食べることに逃げた。あの人の顔が思い浮かんでしまって、いつも通りのはずのお弁当の味が分からなかった。渡せなかったら後悔する。それだけは分かっていた。クッキーはまだ食べていない。どうしよう。丁度よく持ってきた水筒の中が空っぽになっていた。自動販売機、行こう。財布とクッキーを持って、わたしは教室から出た。

「でさー、その時の小見やんの顔!」
「想像出来るわー」

 ……うそ。そうなれば良かったと思っていたけど、いざそうなると動揺してしまう。彼、だ。クッキーを持って来た理由は、もしかしたら……という期待があったのだけど。手が震えてきた。渡すチャンスだ。今が一番のチャンスだ。これを逃したら次はない。絶対後悔する。でも。勇気が。でも渡したい。深呼吸をする。

「あの!」

 声の小さいわたしにしてはよく頑張った。辛うじて聞き取ってくれたのか、彼はくるりとこちらを向いてくれた。

「あ! お前は!」
「は、はい」
「あの時の! だよな?」
「はっ、はい!」
「どの時だよ」

 隣でツッコミを入れるお友達さん? に、委員会の集まりの時に喋ったと彼は返した。

「こいつに何か用?」
「え、えっと」

 手に力が入りそうになる。だめだ、せっかくクッキー綺麗にできたのに。彼の方を見て、クッキーを差し出した。

「調理実習で、作ったんですけど」
「え? くれんの?」

 黙って頷いた。

「まじで!! ラッキー!! さんきゅーな!!」

 首を横に振って駆け出した。もう無理限界! わたしにしては頑張った。頑張ったよね?

「ボクト、モテ期かよーやるなー」

 そんなからかう声を後にして。

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