目から芽が生えてきました。

ファルスは右目から体を覆う蔦が伸びてくる病気です。進行すると感情がなくなってゆきます。花の蜜が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665





私の未来が終わるのはそう遠くない。

片目を隠して生きていたけど遠慮しないソイツはどんどんと成長していった。

(自分が不治の病にかかるなんて)

素直にそう思った。

神様なんて上「そこ」にはいなかった。
人間は一人一人が平等だとかほざいた人達は私のこの状況をみてもそう言いきることができるのだろうか。
雨が降り注ぐ。木に、花に、緑に栄養が注がれる。
故に疼く。布切れでできた薄い壁からはみだしたソイツは私を巻き添えに煌々と延びていき様々なものに絡みつき、今の私は木から離れられない状態にまで陥った。町にいられない体になったと判断し、森へと逃げた私は森に取り込まれる準備が着々と進んでいるようで。動かせる左目を静かに閉じて雨の音に体を預けた。

(目の上のたん瘤……)




それはふきのとうがぽつりと土から顔をだした頃だった。
鏡の奥の自分に違和感を感じた。寝ぼけ眼の自分の顔、歯みがき粉で白くなった唇。ぼさぼさ寝癖の髪型、しわくしゃなパジャマ。なんら変わりないはずなのに、なんだか変な胸騒ぎ。微かにぼやけている右目の視界。ただ寝ぼけているだけだと歯を磨いている間は気にもとめなかった。
歯を磨いて、顔を洗って、ようやく違和感の正体を目の当たりにする。ひょっこりと小さな芽が右目から生まれたのだ。毛のように細く小さなものなのだけどそれのせいで右目の視界がうまく定まらない。

「レントゲン撮ってみよう」

ジュードに相談したらイル・ファンへいこうと言われた。懐かしのタリム医学校。ジュードがOBだったこともあり、易々と潜入できた。この世界においてファルス・マティスを証明するものはなにもないのだからこうする他手だてはなかった。つくづく私は彼に迷惑かけっぱなし。仕方ないことなのかもしれないけど眉を下げてしまう。

「……これ見て」

レントゲン結果、私もジュードも困惑する。前眼房に根を生やしていた。その植物はナツツタの一種だろうと彼は言ったけれど。取り除く術を私たちはもたなかった。精霊術を用いても除去することは不可能だった。そもそも目に根を張られた時点で手遅れだったのかもしれない。芽の先に触れられただけで激痛が走るのだ。痛覚が伝わると言うことはすでにこの芽は体の一部となってしまったということ。

涙のひとつもでなかった。これ以上辛いことなんてないと思っていたのにとことん運のない私。逆に…、笑える。自分の世界は偽物で?自分の死と向き合ったのに何故か生かされて?そして不治の病に悩まされる?

「ばっかみたい……」

「え…?」

こんなにもがいて生きて。皆に支えてもらってなんとかなってるのに。全ては水の泡って?
ふざけないでほしい。むかむかと胃から何かが溢れてきそう。だけどそれを心配性の彼にぶつけることはなかった。

芽が生えて一週間後。二葉から新たな蔓が延びだした。眼帯で隠していたけれど変に膨らんでいるそれを不思議そうに見てくる人は少なくない。そんな私は真剣に悩んでいる彼に麻酔をうたれ、その蔓の神経ごと精霊術で切り取ることに成功する。その蔓を二人で内密に研究するが、どこで変異してしまったのかナツツタの一種であること以外何も分からなかった。
お先真っ暗、その中で得られることは花の蜜で進行を遅らせることだけ。いや、それだけでもみつかったのだからよかったのかもしれない。花の蜜で作られた目薬を完成させたのは春の気候に体が馴染み始めた頃。だけど今さらそんなことをしても意味がないと悟っていた。

朝目覚めても、起きることすらかなわない。
蔦がまわりのものにすがって伸びていくからだ。お陰でベッドに固定されてしまい、動かせる左目でGHSを探してジュードに連絡することから一日が始まるのだ。彼がやって来て毎日のように麻酔をうたれ、蔦を切断。斬られたその先の蔦は次第に力を失ってそれを片付けることによって私の朝がやって来る。そんなことを毎日続けても所詮二階から目薬。
花の蜜で進行を遅らせていたように見えたけれど、一日また一日と蔦の成長は止むことはなく、むしろ効き目が薄くなっているのが目に見えていった。

顔を洗うときに見える自分がとても気味が悪い。右目は既に視力を奪われ眼球の色も黒ずんでいる。蔦の断面から気持ち悪い汁が溢れていて。けして健康とは言えない顔色の私はどう見ても異質でしかなかった。

「……まるで化け物ね、」

相談はしなかった。しようとしたけどやめた。
余計な心配はかけたくなかった。お人好しのこの世界、世界共通優しい皆がどんなに抗ったってどうにもならないことで時間を費やされても勿体ないだけ。故にジュードに対しても距離を置くことが多くなった。そう、まるで昔に戻ったみたいに。
朝は仕方なく頼むけれど、それ以外は彼に近づかないように色々な場所へと赴いて。他人の目にも気にも止めずただひたすらに夜が来るまで歩いていた。
そして、私はザイラの森で足を止める。
一年中低い気候であるカン・バルク。夏の近いここも今は雪解けのシーズンである。地から這うようにして出てきた新芽が私の右目と似たり寄ったり。

(本当に植物が生えているんだよね…)

GHSを鏡変わりに眼帯越しのさえない顔を覗きこんだ。光合成をしたいと押しでてくる蔦のその先っちょは頬を這うようにして伸びてきた。こいつも物覚えは良いようで、素手で簡単に剥がされないよう針のように細長い先端を皮膚に差し込んでくる。針治療に用いるものと例えるのが妥当かもしれない。チクリと痛痒いのは一瞬で、そのあとはべつに気にもならなかった。無理に引き剥がして痛い目にあうよりもこのままでいた方がいいのかもしれない。
私はそのまま森のなかをさ迷った。

中腹まで進む頃には雪の代わりに雨が降りだしてきた。雨に体力を奪われた私は傘もささず入り組んだ森の中で座り込んで。次第に木にもたれかかって眠ってしまっていたようだ。
そして今、身動きのとれない私は何を考えるわけでもなく、ただ飽きてしまった目の前の景色をただ見つめる。蔦に絡みつけられた私の上半身。お気に入りだったはずの白衣もみれない。唯一かろうじて動かせる左手でGHSを開くと心配性のあの人からメールが届いていた。ジュードだけじゃない。仲間という人から沢山のメールの山が。

(たすけて…)

素直にこの言葉を言えればよかったのに。
霞む視界に君の姿が見えた気がした。重力に逆らわずにだらんとした腕をぐんと取られそれが杞憂でないことを知る。彼はおもむろに私の体目掛けて何か液体のようなものをかけた。どろっとしたそれが鼻腔をくすぐり花の蜜だということに気づく。力の弱まったそれから引き釣り出された私には何か行動するだけの力は残っていなく、ただ彼に身を預けるだけ。

「ファルス!」

ぎゅっと蔦のように締め付けるジュードに。私はなんと返してあげれば良かったのだろうか。自分の考えが纏まらない。なんと発していいのか分からない。ただただ彼の顔を久しぶりに見たような気がした、と理解しただけだった。

彼はGHS越しに誰かと会話をしている。聞き覚えのある声。それがルドガーだと気づくのにかなりの時間がかかった。小難しい話が耳に入る、理解するよりも先に自我のある右目が防衛反応を見せ始めた。

「……ジュー…ド、離して」

蔦の先が鋭利な針のように細められる。分かる、このままじゃジュードが。力の入らない身体に叱咤をうち身をよじらせるがそれ以上の力できつく抱き締められる。嫌、嫌なのに。ジュードが傷つく姿なんて見たくもないのに。表情筋は見事に動かない。私の心情とは裏腹に譫言のように離してを繰り返すだけ。
ついにはジュードに襲いかかった。彼はそれでも逃げない。左目に映るのは切り傷で血が滲み出ている姿。どすどすと私の死角から刺さるのを全身で感じながら涙のひとつも無しに私は呆けた。水分は全て蔦に行き渡っているようで泣きたくても泣けない。辛い、恐い。かたかたと震え出す身体に気づいたジュードは私の頭を優しく撫でる。

「大丈夫だよ、大丈夫だから」

そう言うジュードに言葉を失った。
容赦ない蔦はジュードさえも取り込む気なのかぐるぐると巻き付いてくる。身動きに制限があるこの空間の中、もぞもぞと白衣の胸ポケットからとろみのある液体の入った小瓶を取り出してそれをくいっと
口に含んだ。分かる、その色、その匂い。何度も嗅いだ花の蜜。
顎をすくわれ、私は彼の行為に応じた。
意図はまだ分かっていない。唾液反応が必要なのか外より内側からの方が効果的なのか。でも、何も考え無しに行動するジュードではないのは知ってる。
移し込まれる液体を飲み干すと、彼はルドガーに合図らしき言葉を言ってGHSを閉じた。

「………!」

異変が起きた、そう感じたのはそれから数分後のことだった。森の風景など見えない、ジュードの顔と蔦しか見えなかったこの視界に光が差し込んだのだ。まるで水分がなくなったように萎れていく蔦はそのまま脆くパラパラと崩れてしまった。
はっきりとではないが右目も視力が戻っている。

「ファルスは不治の病じゃなかったんだよ」

そこで呪霊術という魔物の呪いにかかっていたことを教えてもらう。ジュードは私のことを皆に相談していたらしく、以前私と出会う前の分史世界でエルが呪霊術にかかったことをルドガーやミュゼが語っていたそうだ。呪霊術を使う魔物はほぼ絶滅しているそうなのだが、霊勢の変化に伴い魔物の生態系も変化したのかもしれないと彼らは仮定つけた。もしかしたら私やミラのように分史世界から異質的な存在が紛れ込んだことによる誤差かもしれない。

「ネコ捜しの依頼でサマンガン樹海へ行ったでしょ?あのときに変異した魔物の攻撃を受けたんじゃないかってルドガーたちがすぐに向かってくれたんだ」

「そして、そこに居たと言うわけ…ね、」

魔物の力は私の蔦の成長とリンクしていたようで、どうしてもその力を弱めなければいけなかったそうなのだ。そこで駆り出されたのがジュード。
よくここが分かったねとひねくれたように言えばファルスの行きそうなところはなんとなく分かるよとあっさり返されてしまった。

「さて、と。そろそろ暗くなってくるしとりあえずカン・バルクまで行こう」

ここら辺の霊勢は変化したと言っても他から比べるとやっぱり寒いしね。風邪拗らせたら大変。そう言いながら私の手を取ってゆっくりと歩き始めた。
見えない背中側の傷を目の当たりにし、重たい瞼が見開いた。蔦にどれほどまでに刺されてしまったのだろう。彼の白衣はぼろぼろで。そんな姿でも気丈に振る舞う彼に思わず涙腺が緩みそうになる。
正直、私の体内に巡るマナは枯渇寸前だ。霊野力を酷使しても彼の傷を癒してあげられない。こんなにも不甲斐ない自分に対しても泣きたくなったのはいつぶりだろうか。

「……ファルス、泣かないでよ…」

「別に、泣いてなんか……」

ジュードの顔は勿論見ることはできなくて。困ったように笑うその人とまるで子供のような私は赤々とした夕陽を背負って帰路についた。




優しい思い出
(ジュードが助けに来てくれて嬉しかった)(そっと口には出さないで伝えると「明日は雨が降るかもね」って声を弾ませたので多分これから先お礼を言うことはないと思う)

2014.10/30

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