奈落の底

[Jude side]
手当ても一区切り。ふう…と深い息を吐いてマルシア首相が捕まっているであろう中央ホールへ続く扉を見た。ここからは今までより強いアルクノア兵が立ち向かって来ることだろう。調度、宝箱を見つけた僕たちはコンディションを整えるために中央ホールからは死角となっているこの位置で小休憩をとることにした。

エルが自分のリュックからミラさんにアップルグミを差し出して。戸惑いながらも彼女はそれに手を伸ばした。そう、戸惑いながら。

「『僕の知るミラとは全然違う』って?」

「……!?」

そんな顔してる。とファルスは苦笑混じりの顔をみせながら僕にミックスグミを押し付けた。口の中にそれを含み咀嚼すると今までの疲れが多少とれたような感覚がする。

「僕、傷つけるようなこと言っちゃったかな」

「うん。多分傷ついてるよ。ついてるけどジュードにとっては変えようもない事実だろうし私はなにも言わない。私も自分だけが知るミラと比べちゃうとやっぱり別人のように思えちゃうしね」

きゅーけーおわりだよー!とエルがこっちを見て手を振っている。ルドガー、アルヴィンとミラさんは既にエルのもとへ集まっていた。手を振って返したファルスはちょっと嬉しそうに小さく呟く。

「考え方が人間らしいからかな。今のミラは隣で闘えているようで少し嬉しいんだ」

それからは振り返ることもなくエルのもとへと歩み寄った。気になることを言っていたが今はマルシア首相を救出するためのことだけを考えよう。手に馴染んだグローブを装着して皆のもとへと駆け寄った。


ホールに入った時に見えたのはリドウさんが女性の頭を机に押し付けている姿だった。マルシア首相の声を聞いて私たちは足を止めた。アルクノアと一緒にいる理由がこれっぽっちも思い当たらないからである。

「リドウさん……なんであなたが!?」

質問に対して彼はにやりと不気味な笑みを浮かべて確かにこう言った。「マクスウェルの召喚を手伝ってやろう」と。
そんな顔するなよと続けて、彼は骸殻を発動させる。邪魔な人質を蹴り飛ばすと、目に追えない速さで僕たちを狙ってきた。

「くっ!」

リドウは束になっている僕たちの中心に割り込むようにするりと入り込み、体制を整える間もなく一人一人に攻撃を仕掛ける。ルドガーやファルスが一瞬の隙を狙って攻撃を繰り出すが、リドウはそれを軽々とかわした。

(骸殻を纏う前とは桁違いだ……!)

目でぎりぎり追える速さ。正直防戦一方の僕たちは散り散りになってしまう。リドウの近くに残されたアルヴィンと僕との二人がかりで止めようとしたけど、骸殻を纏っている彼に手も出せず逆に手をひねりあげられてしまった。

容赦ないその拘束に強烈な痛みが襲い、顔を歪めることしかできない。そんな中、悠長にリドウはマクスウェルの召喚についての説明をし続ける。

「条件はやかましいんだが、まず必要なのは、生体回路──」

リドウは片手で僕を、アルヴィンを壁に向けて弾き飛ばす。するとそこに陣が現れ、身動きがとれなくなってしまった。

背中を向けたリドウにファルスが飛びかかるように拳を振る。同時にミラさんもリドウに斬りかかる。しかし、リドウはあっさりと受け止める。終いに蹴りひとつでミラさんの剣は弾き飛ばされてしまった。
楽しそうに歪んだ顔で口角を上げているリドウはファルスたちから一定の距離をとる。

「で、隠し味は───生け贄だ」

何かを察したのかファルスは迷わずミラさんを庇うように一歩前に出た。そんなことしても意味ないといった顔をしたままのリドウ。
突如、床が広範囲に渡って光りだす。大きな陣が浮かび上がり、一瞬でその場に深く底が見えないほどの暗い穴が開きだした。
それはミラさんを狙う。彼女が穴の中へと吸い込まれるように、消えるかのようにみえた。近くに居たファルスが咄嗟に手を伸ばしていたのだ。
もしかしたら自分も引きずり込まれてしまうかもしれないのに。僕の考えはやや正解に近いようで、ミラさんを奥底へと陥れようとする風のせいで体制の整っていないファルスも上半身は穴の上。
手を離してとミラさんは言う。それを聞かない彼女はその場で耐えた。

「……ファルス、これじゃあなたも巻き込まれるだけよ!」

「それでも……離したくない!」

じりじりと後ろに重心をのせていたファルスの身体が前へ前へと傾いていた。ルドガーが骸殻を発動して槍の先を床に挿し込み、ファルスに向かって手を差し出す。
両手でミラさんを支えていた彼女は恐る恐る片手を離してルドガーの方へ手を伸ばした。

「───っ!?」

ファルスの足場がなくなった。ミラさんを吸い込むことができなくて範囲を拡大したのだろう。前のめりになったルドガーの手もむなしく空を掴んだ。僕は暗闇の中へと見えなくなる彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
白衣の右ポケットが熱を持つ。結構前に手にいれていた精霊の化石。僕の気持ちと共鳴するように光が満ちあふれた。

リドウは勝ち誇った笑みを次はこちらへと向けてくる。


「素直になれよ……ジュード・マティス。会いたいだろ、愛しのマクスウェル様にさ」



頭が真っ白になった。
(心の整理が追い付かない)

2015.1/12


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