前をみて

[heroine side]

船内は混戦の跡がおびただしく残っていた。乗客のほとんどがアルクノア兵の攻撃をうけていて思わず息を飲む。
金髪の彼女の姿はすぐ側に居る。倒れている乗客に対し自分の持っていたハンカチで止血を施していた。エルも一生懸命負傷者に対して意識を失わないように話しかけている。

「あ、ジュード!ファルス!この人たちたすけたげて!」

私たち二人は縦に首を振り、倒れている方々の応急措置をとった。精霊術を施すが全快させている余裕はない、まだまだ治療を受けなければならない人はいるのだ。虚ろだった意識が覚醒したのをみて私たちは手を止める。
乗客はお礼を言って避難した。その姿を見送ってアルヴィンが口を開いた。

「見殺しにはしたくないが正直、こっちも時間がないぜ?」

「テロ発生時刻と船の広さを考えると奥までつくのに30分ってところだと思う」

「怪我人の手当ても30分が限度だと思う。重軽傷様々だから一概には言えないけど」

怪我人の手当てに関しては中央ホールへ向かいつつ行うことになった。30分というタイムミリットの中での作業である。アルクノア兵との戦闘も兼ねているために霊野力をあまり使いたくはない。だから軽傷の乗客に対してはエレンピオスで得た技術を用いた。

息を整える前に次々アルクノア兵へ向かっていくミラ。辛うじて今現在において私たちが瀕死状態に陥ることはなかったけれどこのままじゃいつそうなってもおかしくないという状況で。
注意をすれどもから返事で返されてしまう私は彼女の背中を追うので精一杯だった。

「………どうすればいいのかな」

「ま、今は首相のことだけに専念しようぜ。ミラのことはそれからでも大丈夫だろ」

アルヴィンの言葉に頷くしかなかった。マルシア首相はこれからの両国の未来の為にも必要不可欠。ここで命をおとされては多分リーゼ・マクシアとエレンピオスの戦争は免れないだろう。だけど、自暴自棄になっているミラをこのままにしていたらいつか私は私にとって本物である彼女を失ってしまうのだと思う。
周りのことに気づかないほど疲労しているミラ。
がくんとその場に倒れそうになった彼女をジュードが支えた。

「気をつけて、ミラさん」

「……、」

ミラの足元には男の死体が転がっていて。
ジュードはミラから手を離し、前へと向き直した。

「……待って。ジュードは、なぜ私を『ミラさん』って呼ぶの?」

「どうしてって……ミラさんはミラさんでしょ?」

「そうね。あなたたちのミラのニセ物」

投げ捨てるように言うミラにそういう意味じゃないとジュードは言葉を濁していた。勿論どういう意味なのかとミラが訊ねる。皆の視線がジュードに集まる。逃げ場のない彼はため息をついて、口を開いた。

「本物とかニセ者とかじゃない。ミラさんはミラとは違う人です。だから──」

そこでミラが言葉を遮った。わかったと。理解したと。彼女が納得したことを理解した彼は歩きだした。アルヴィンも続く。
結局ジュードも前の私と一緒だった。私がジュードを『ジュードくん』と呼んでいたあの時と。自分からみて薄い境界線、相手からするとそれはとても高く分厚い壁だったのかもしれない。
でも、きっと彼は悪気なんて一ミリもないんだろう。ただ、ミラとミラさんは違う人だから。それを伝えたかったからすっぱりと言ったのだろう。

弱々しく俯いた彼女にエルが声をかける。顔をあげるミラ。少女は少し先に進み、振り返った。

「あのさ、エルのミラって、ミラだよ。精霊のミラなんて会った時ないし」

慰めてくれてるの?というミラに対して顔を真っ赤にしたエルは別に!と返す。理由をつけるならミラのスープとか好きだから、だそうで。彼女たちの絆の強さが窺える。私には手の届かない場所。ちょっとだけ嫉妬。どっちに対してかは分からないけれどね。

「スープ……これが終わったら、またつくってあげる」

「つくってくれるなら、たべてあげるよ」

顔をあげたミラは少女に向けてそう言って、その言葉をうけたエルは安心したように笑うと、ルドガー達の方へ駆けていった。その後ろ姿をただただみていたミラはちらっと顔を後ろにやる。目と目があい、頭が真っ白になる。何て言えばいいのか、乗船するときに叩いてしまったこともあるし。

「……なにぼけっと突っ立ってるの」

はやく首相って人を助けるわよ。そう言って歩きだした。それは彼女が少なくとも未来について前向きに考えてくれた瞬間で。それがとても嬉しくて私は笑顔で首を縦に振り、彼女の隣へと並んだ。


「私にもミラのスープ食べさせてね」



刎頚之友と言える関係になりたい
(考えとくわと言う彼女はほんのり嬉しそうだった)

2014.12/6


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