グンナイグッドナイト

[jude side]

彼女が目を覚ましたことは一応皆に知らせてある。
一週間も眠っていた彼女。怪我の疲労よりも精神的な疲労のほうがひどかった。毎日毎日レイアに頼んで包帯を取り替えてもらう生活。僕自身で手当をしたのは最初の一回のみだ。

「ん、ジュード。そこの式間違ってないかい?」

「え……あ、ホントだ」

バランさんに指摘されて気づく間違い。完全なる凡ミスだ。ろくに寝ていないからなんて言い訳にしかならなくて。どう彼女に接していいものか。この議題はミラさんのことを考えた以来だった。あの時はミラはミラ、ミラさんはミラさんと脳裏にたたき込むことができたけど。今回同じ様な回答にするならば僕は僕、ファルスさんはファルスさんとなる。……確かにその通りだしそれ以外の答えはないのだけど…でも。

そこまで考えて止めにする。今は目の前の研究についてだけを考えることにしよう。


家に帰ると美味しそうな香りが漂ってきた。リビングへ向かうと「おかえりなさい」とエプロン姿の彼女がキッチンの方から顔を出した。テーブルの上にはマーボーカレー。とても美味しそうだ。
自分のおなかの音が鳴る。それを見てくすくすと笑うファルスさんは少しだけとげの抜けた表情をしていた。

「……ったく、手を早く洗ってきなさいよ。暖かいうちに食べよう、ね?」

「うん。ありがとう…ファルス」

「……………、別に。泊めてもらってるもの、これくらいお礼にもならないじゃない?」

あれ、勇気を出してさん付けを卒業したのにスルー?と思ったが結構動揺しているようで。そっぽを向いて向かい側に座った。照れているのかな…、分かりにくい。

「ほら、はやく手を洗ってきなさいってば」


白衣を脱いで手を洗う。戻ってきたときファルスはまだ手をつけてなかったみたいで「先食べていて良かったのに」とつい言葉がこぼれてしまった。その返答は曖昧。でも自分の家で食事を共にすると言うのは新鮮で。少し嬉しかったのは内緒。

「いただきます」

手を合わせて合掌、スプーンですくう。咀嚼して飲み込めば程良い辛さが喉を唸らせた。美味しいと率直に言えば彼女は当たり前と言いながらもはにかんで、食べ始めた。

そういえば彼女が僕と同じ立場だったなら源霊匣の研究にも携わっていたはず。なら一緒に研究を手伝ってはくれないだろうか。そう思いその事を伝えてみると第一に出た答えはこうだった。

「馬鹿じゃないの?」

予想外の返答に目を瞬かせてしまう。ため息をついて半分くらい食べた皿の上にスプーンを置いた彼女は僕の目を見て「今のところ研究に手を貸すつもりはない」とはっきりとした口調で言い張った。

「どうして?ファルスが手伝ってくれたら臨床実験だって……、」

「私だって成功させたとはいえない。それにもし手伝ったとして、そのことをきめ細やかに書いた論文はどうすればいいの。ジュードくんが読むの?私は無理だよ、野次馬に身元不明なことがバレたら信用性が無くなるもの。源霊匣の実用化がうまくいっても世間にうまく説明ができるとは限らないじゃない」

「…………、」

ごもっともな意見だ。押し黙る僕に困ったように眉を下げてこう続ける。

「それに私達は別の見方で研究に勤しんだ方がいいと思うの。私のやり方とジュードくんのやり方、似ているようで全く別のものが生まれる可能性だってあると思うわけね。1mm寸法が違うだけで全く別のものになるんだから」

ジュードくんに私の成果を教えてしまったらその先を進んでしまうでしょう。同じ人間でも別の思考が備わっているんだから別行動していろんな知識を蓄えた方がいいと私は思うわけ。と話し尽くしてまたマーボーカレーに口付けた。
僕もまたマーボーカレーを食べ始める。
それはこの話はもう終わりだという合図、



「ごちそうさまでした」



二日目の夜
(お粗末様でしたという君の声)

2013.9/12


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