病院。俺の手には二つの花束。
ひとつは夕香への。
そしてもうひとつは。
「…よう」
花束と手をあげ、軽く挨拶をしながら病室に入ると、窓を見ていた少女は俺を視界に入れてくれた。
名無しの名無し。同い年。
夕香の隣の病室に入院している病弱な女の子。
「空を見ていたのか?」
花束を花瓶に入れ換えながら質問をするがなにも聞こえない。いや、何も話せないだけなんだ。
名無しは水性ペンのキャップを外して手元においてあるボードに何かを書き込んでいた。
[空もだけど、外をみてた]
「外?」
[わたし、外にでたいな]
俺にとっては代わり映えのないこの景色も、名無しにとっては未知との遭遇といったところなんだろう。
聞くところによれば、彼女は何年の間もずっと病院で過ごしていたらしい。
夕香が入院した時よりもずっと前から。
「そうか」
[明日、四回目のしゅじゅつなんだって]
「……そうか」
唐突な話題に返答がつまった。
四回目。二回目の手術で失敗し、声を失った彼女はもともとガン患者らしい。
あちこちに転移して、行動制限だけでなく声も失ってしまった彼女はいったい何を糧に生きているんだろう。
[おうえんしてくれる?]
「ああ。応援するさ」
迷わず返した。
そんなの言われなくても決まっている。
俺には応援しかできないし、名無しはまだまだこの世の中を見ることによって知る必要があると思う。
そして彼女は目を細めた。
(手術が終わったら外出許可をとろう)(うん)
彼女の手術が成功する確率は40%だと知ったのは父さんに会ってからだった。
2011. 5.11
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