本日、学校はお休み。
まぁ…部活動の人達はきているんだろうけど、私…名無しの名無しは帰宅部だから関係ない。
でも、今、約二時二十分と腕時計の針が示しているこの時間。私の現在地は学校。
いつの間にか返却期間が過ぎていたとある本を返しに来た。ただ、それだけ。ついでにサッカー部のマネージャーの手伝いでもしようかな、って思ってはいたけど。今は、秋以外に二人もいるんだった。私が出る幕なんて無いんじゃない?だったら見物だけでもしてようかなぁ、どうせ暇だし。そう思いながら、図書室に行き、借りていた本を返却した。
階段を下り、下駄箱の前で上靴とスニーカーを履き替え、外に出る。
そうだ、円堂がOKしてくれたら練習に付き合っちゃおうかな?とお気楽者とよく言われる私は、手ぶらのまま軽い足取りでグラウンドの方へ向かった。
今日は一体どんな練習を行っているのかな?って色々考えながら。
グラウンドの付近まで一気に駆けた私の目に映った光景。
男子三人が抱き合っているように見える。きっと何かしらの超次元技を見事ゴールに決めた人たちなんだろう。
円堂と土門………そして、……。
『い、一之瀬……?』
なんで死んだはずの貴方がいるんですか?
きょとんと目を見開いたまま、動けずに突っ立っていると。秋が私に気づいたのか、此方までパタパタと走ってきてくれる。
クイッと私の手を引っ張ってグラウンドの方………一之瀬と思われる人の方まで平然とした表情で連れていくのでますます意味がわからない。
『ちょっ!秋!?』
「いいから!」
「一之瀬くーん!」
秋が私の手を握っているのと反対の手で、手を大きく振りながらそう言うと振り向く彼、一之瀬一哉。
「あれ、なんで名無しが学校に来てんだ?」
今日、登校日じゃないだろ。と土門が目を瞬きながらそう言うが一之瀬に対して驚いた様子はない。
なんで冷静なのよ!
あ、そうか……。これは夢ね!きっと本を返さなきゃ怒られる!っていう夢を見ちゃってたのよ、うんきっとそう。
頭の中でそう片付け、一之瀬を改めて見てみると笑顔の一之瀬がいきなり抱きつこうとしてきた。
「名無しー!会いたかったー!」
『っ!いきなり抱きつこうとするのは禁止って前々から言ってるでしょ!!』
パシーンッといい音がグラウンドに響く。
手がじんじんと痛み、一之瀬は目をきょとんとさせ、土門は苦笑、秋は絶句。他のサッカー部の皆は話の内容についていけないかのように目を真ん丸にさせていた。
『あれ……手が痛いぞ?』
「当たり前だろ、一之瀬の頬を平手で叩いたんだから」
誰に言うでもなくそう呟くと土門からそう返ってきた。
そりゃそうだ。だけどこれって夢じゃないの?
『へっ……もしかしてリアルタイムで一之瀬が此処に居ますか?』
「そ、そうだよ……?あっ!」
秋が何かを思い出したように声を出していたけど、私の耳には入らない。
リアルタイムで一之瀬登場………。
でも一之瀬はもう居ないはずだから………。
まさか、……まさかまさか…………お、お……!
「あのね、『………一之瀬のお化けえぇ〜っ!?』あー……違うんだってば」
『やだやだやだやだ!目の前に一之瀬のお化けが現れた!?私、お化けがこの世で一番嫌いなんだからね!?あ、一之瀬が見えるってことは私、霊感が……!?うわわわ、そんなことより早く成仏させてあげて、ねぇ土門!』
土門のユニホームをぐいぐいと引っ張りながら半泣き状態の私は土門の後ろに隠れることしかできなかった。
「いや、あのさ?まずお前何を言いたいのかよく分からねぇから一回落ち着けって」
『お化けを目の前にして落ち着けられるほど私は優秀じゃない!』
どうすれば成仏してくれるの、一之瀬!
「わかった、俺がちゃんと説明してあげるからねー」
一之瀬が私を落ち着かせようとしてか両手を握る。
握る……握る……にぎる………。
『実体を持つことができるお化けぇー!?』
今の私はきっと顔面蒼白だろう。体温もぐんぐんと下がってきている。
でも………握られた手のひらの温度だけは下がる気配がしなくて。
「はいはい、とりあえず深呼吸しようなー?吸ってー吐いてー……」
すーはー……
一之瀬の言った通り、深呼吸をすると幾らか落ち着きを取り戻した。それから私は冷静に思い直してみる。
『………ん?実体……がある。足がちゃんとある。しかも触れられる。………変なこと聞くようで悪いけど、一之瀬って、死んだんだよね?』
「うん、皆には死んだって伝えてもらったから」
『は?』
伝えてもらった………?
ごめん、一之瀬。私、全然意味が分からないよ。
私の表情を見てか、一之瀬は私の両手をずっと握ったまま顔だけを秋に向けた。
「あれ……秋、名無しに教えてなかったの?」
「ごめんね?すっかり……土門君には教えていたんだけど」
なんか私、仲間外れみたいじゃないか。と頭の中を過ったが、一之瀬が昔とおんなじ笑顔を向けていたから何も愚痴を言えないじゃないか。
『生きてる……フィールドの魔術師、一之瀬一哉……の復活?』
あ、俺と同じようなこと言ってる。と土門の声が近くで聞こえたから私も口を開こうとしたが、その前に一之瀬に抱き締められた。
「そうゆうこと。ただいま、名無し」
『……………お帰りなさい!』
一之瀬は死んでいなかったんだ……!
普通に考えると信じられないけど、目の前に彼がいる。正真正銘の一之瀬一哉がいる。
なら、これは信じるしかないでしょう?
『あ。………そういえばさっき、円堂と土門と抱き合ってなかった?』
「ああ……それは」
「聞いてくれよ!トライペガサスができるようになったんだ!!」
一之瀬の言葉を押し切るかのように円堂がキラキラと輝かせた瞳で話しかけてきた。
………というか。
『トライ……ペガサスを?』
って、一之瀬と土門、……そして西垣の三人でやってた……あれ?
一之瀬と土門を交互に見ると二人共々頷いた。
「木野が手伝ってくれたんだ!」
円堂の言葉を聞いて、私が目印になる〜……とか言ってた三年前の秋を思い出す。
『……ふふっ、そっか。皆ってばスゴいねぇ』
皆っていうか、……一之瀬も土門も……秋も。三人とも今でもちゃんとサッカーを続けている。
あの時の約束……、ちゃんと守っているんだ。
それに比べて……私は………。
「………名無し!」
不意に一之瀬から名を呼ばれたとき、顔をあげたらボールが目の前まで迫って来ていて蹴り返すことしかできなかった。
『ちょっと…一之瀬!私、まだ制服のままなんだけど!』
汚れたら、クリーニング代払ってもらうからね!と、頬をぷくーっと膨らませる。
「あぁ……悪い、悪い。……なぁ名無し、俺と土門と名無しの………あのトライペガサスをやらないか?」
「えっ!でも…あれは」
一之瀬君と土門君、西垣君との技でしょ!?と秋が反論しているのが聞こえる。
『…………』
私達の……昔、秋を驚かせてやろうぜ!って密かに特訓していたトライペガサスか。
私は、どうする?と土門に目で訴える。彼は、チラッと私を見て……困ったように口を開く。
「俺はいいとして、……名無しは制服のままだぜ?」
流石にそれは無理じゃないか?と言う土門の意見も確かだ。
………けど、私は。
『……いいよ、私やる。…つーかそれより一之瀬ってば帰国の時間大丈夫なの?』
ベンチに立て掛けてあるキャリーケースを指差しながらそう問うと、うん。と首を縦に振る。
「なるべく遅めの便を取っておいたからね。でも……できるとしてもあと一回ってところかな」
あと一回。
サッカーを今までちゃんとやってきた二人に、サッカーから縁を切っていた私。
『そう、ならさっさと始めよっか』
出来るか出来ないかなんて関係ない。
サッカーを楽しんで、仲間を信じればいい。
「二人とも。………準備はいい?」
視線を向けられ、こくん、と縦に振る。土門も同じ。今思えば今日、スニーカー履いてきて良かったな。
「じゃあ行くよ……。GO!」
一之瀬の声がコートに広がり、一斉に駆けだした。
真っ直ぐに、私達三人がスピードを落とさず一点を目指す。
前にやったとき、私のスピードが二人よりちょっと遅かったから失敗ばかりだったこの技。
昔は昔、今は今。
きっと今の自分なら出来るはずなんだから!って何回も言い聞かせる。
そして私達は交差した。
目の前にペガサスが舞い降りてきて、その風を感じながらボールを三人でゴールに向かって蹴り出す。
『はいっ……た?』
ずっと前から練習していたが出来た試しは一度もなかった。それが今、………ちゃんと秋の目の前でやって見せた。
何か実感が沸かないままボケーッと突っ立っていると一之瀬と土門が飛び込んで来た。いや、表現が悪いな。抱きついてきた。
「名無しっ!」
「出来たじゃねぇか!!」
二人共私の髪をわしゃわしゃと撫でてくれる。この行為は、いっつも私を誉めてくれる証。
それがとても嬉しくって、私はやったんだ!っていう実感がやっと沸き上がった。
『………うん!秋に見せられたんだ、私達のトライペガサス!!』
そして、一之瀬がアメリカに戻るために空港に向かった後も私はグラウンドで立っていた。
「なぁ、名無し。お前はまたやらないのか?」
サッカーをさ、とスポーツドリンクを二つ持ってきた土門から一つ受け取りすぐ口にした。
身体中に冷たさが伝わり、少し身震いをする。ふぅ……と一息し、答えた。
『…………そうだねぇ…。三人共サッカーやってるし…それにこの前、西垣にも会ったんだけど、アイツもサッカーやってたんだよね。………私だけ、サッカーやってない』
土門は静かに頷く。
『私だけ……約束を守ってないんだよね。………だったら』
私はゆっくりと歩きはじめる。前の方にいる、円堂と秋の方に向かって。
微笑みながら土門が何も言わずについてきた。
別に……ついてこなくても言うことは分かってるでしょうに。
そんなことを一人、心の隅で呟きつつもちょっと嬉しかったりする。
『えーんどう』
円堂の肩をぽんっと一回叩くとかるく吃驚しつつも振り向いてくれた。
「おっ…名無しの、それに土門まで。どうしたんだ?」
「名無しちゃん……?」
秋もきょとんと私に目を向けながら振り向く。
『あ、……あのさ。えーっと……そのぉ』
言い出すにも何と言えばいいか分からず、押し黙ってしまう自分。土門は秋を引っ張りながらどこか行っちゃうし。頼れる人が居なくて困っちゃうじゃん!
「………?」
『サッカー部って……私なんかでも入ったり出来るの…かな』
「名無しの、サッカー部に入ってくれるのか!?」
ぱああぁぁっていう表現の効果音が似合うであろう円堂の表情。こくん、と頷けば宜しくな!と両手を握られ、ぶんぶんと大きく振りだす。
この、身体に負担がかかりそうな握手をしているとき、赤みがかった空に一機の飛行機が飛んでいるのが見えた。
「あの飛行機かなぁ」
『うーん……多分そうかもね』
「一之瀬ー!また一緒にサッカーやろうぜ!」
と空に向かってそう叫ぶと
「うん、やろう!」
何故か後ろから声がやってきた。
一緒にやろうぜ、サッカーを!
そして私達はまた一緒にサッカーをする。
(一之瀬!)(何で一之瀬が此処に!?)(あんなに胸がわくわくしたのは初めてだ!それに名無しもサッカーをするって言ったし……もう少し、此処にいる!)
破かれたチケットが目の前で舞舞い上がった。
2010.04.05
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