The deepening 謎。


……………。

「えー…本日はおひがらもよく、」

ナイトメアが区切り区切りに言葉をつまむ。グレイの苦労で領主が成り立っているようなものだろうか。そう、結局初めてクローバーの塔に行ったときに衝撃的な事実として受け止めることとなったのだがナイトメアは領主だったのだ。ブラッドが領主っていうのは何となくだが理解できる。ほらボスだし。仕切るのとか得意そう。それに比べてナイトメアは顔色も安定の青。今にもストレスで寝込んでしまいそうなのによく領主なんてできてるよ、本当。

そんな私はブラッド率いる帽子屋領にあてがわれた席の一番端でうつ伏せという体制。学校でもそうだった。こういう難しそうな会話に一切首は突っ込まない。難しそうな話に頭を悩ませたくない。というか私は私の事情で精一杯だ。会合で余計な悩みを増やしたくないわ。

誰かが言ったようにこの会合で何かが決まるようには思えないのだけど。

「あれ、ナナシじゃないか」

腕枕の隙間からみえる。普段着とは違い皆正装。その中でも赤という基準から離れないのかハートの城在住の誰かさん等はいつもより暗めの赤を身に纏っていた。そして前に会った時のように口元が弧を描いている。
反応を返そうか、どうしよう。常識的に考えて人から声をかけられて無視をするなんて言語道断!な感じもするのだけどここでなら無視をしていてもいいのでは?

「ぁ…っつ、!」

考えは熱に遮断される。何事かと手のひらを開くと拾った見かけ倒しの懐中時計が熱を持ってくすんだ藍色に光っていた。それ以前に私はこの鏡を握ったような行動をとったはずはない。双子に会ったときに隠してから一度も目の当たりにしたことがないのだ。着替えたのだから今こうやって手にすることはまずあり得ない。

「どうして……、」

広げられた手から物を奪われてしまい、思わず顔を上げる。嫌に綺麗な笑顔がコンパクトミラーに目をとられていた。ぞくっと鳥肌が立つ。外観とはいえ鏡自体を見ているはずなのにまるで私自身を品定めされているかのよう。変な感覚に恐れをなした私は咄嗟に取り上げる。今度は冷たい。暑くなられるよりはましだ。恐い、恐い。恐怖を感じた身体は正常な反応も思考もできない。

こんな感覚、はじめて。

「あれ、それはナナシにとってすごく大事な物だった?ははは、ごめんなー。変な顔してたからてっきりゴミかと思ったぜ」

「ゴミは酷い」

大事かどうか訊かれれば分からないとしか言いようがない。だって手にしてまだ少ししか時間がたっていないもの。物の価値なんて分からない。でもきっとなくてはならないもの。所詮は女の直感だ。とられないように小さく開く。拾ったときと何ら変わらないアンティーク製の懐中時計を模した鏡。サドルブラウンのような色をした何の変哲もない小物。先ほどの熱は何だったのか。そして、くすんだ藍色に染まっていたように見えたのは気のせいだったのか。
鏡を開く。困惑する自分の顔に小さくデコピンをした。つもりだった。

「………は?」

「ん?どーした?」

何でもないと冷静を装って私は鏡を閉じた。そうでもしなきゃもっと困惑してしまう。
指の先がコツンとしなかったとは言えない。この世界の鏡は物理的な物じゃなかったのだろうか。いや、私の部屋としてあてがわれているドレッサーは少なくとも固形だ。仏頂面の顔をつつくのは小さな私の癖でもある。だから指の先が何もふれないって言うのはおかしい。
兎に角、エースがこの鏡について何かしってるとは思えないし余計なことを口にすればとられてしまうかもしれない。勿論それはエースに限ったことじゃなくこの場にいる誰かに、ということだ。この鏡の件については私が落ち着いてから考えることにしよう。

「ナナシ、そろそろ会合も終わる頃だろ?ちょっとつきあってくれよ」

「……私なんかよりアリスにつきあってもらった方がいいんじゃない?私は部屋で考え事したいんだけど」

「ちょっとだけだからさ。いいだろ?」

やんわり断っているというのにこの男は。
だけど少し違うことを考えることによって違う見方もできるかもしれない。確実に少しは冷静になれる。周りを見ればエリオットとナイトメアが口喧嘩を始めていた。ブラッドもグレイもアリスまでも呆れ顔だ。帽子屋ファミリーの半数以上がもう席を立っている。この様子だと会合はもう終わり、あとは自由に過ごしても構わないということだろう。
静かに立ち上がる。仮面でもついているのかと言うほど微動だにしない口元の弧。そんなエースに「少しだけ」と目線も合わさず返せばくつくつこらえて笑う音を出して歩きだした。

それについていく私。この「少しだけ」がこの世界の恐ろしい部分を目の当たりにさせるきっかけである。当時の私はこの世界のいい部分しか知らなかった。いや知ろうとしなかった。




……………。




少女、旅にでる。
〜To the trip which the destination does not understand, either〜
2013.5/29




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