……………。
高い塔の中は変な階段だらけ。しかもドア付き。まさしく謎だ。私の前でナイトメアを担ぎながら歩く男の人はグレイという名のようで。ナイトメアをこんなにしてしまった件もあるのでひょっこりついてきたはいいけど私はこれからどうすればいいんだろう。
「…………」
会話も一切ない。聞くところによるとグレイはナイトメアの部下らしい。私はグレイと知り合ったばかりなので詳しくは分からないが多分珍しい常識人に見える。見た目もさながら彼のとる行動が、だ。エリート大を卒業した立派な企業についている大人のように思えた。こんな人もいるものなんだと少し安堵。数少ない常識人だ。数少ないだけあって心嬉しいとしか言いようがない。
「…………」
だが会話がないのが難点。ナイトメアに大変な思いをさせてしまった私からかける言葉も見つからない。彼の背中の二歩三歩後ろをついて行くだけ。この場に広がるのは階段を上る音。ナイトメアの呻き声。ただそれだけ。
(………静か、)
この世界はなんだかんだと騒がしい。車の音やテレビの音も何一つないのにお祭り騒ぎのようなテンションで賑わっているのが日常的。私が迷子になっていた森は確かに静かだが鳥の囀りや風でなびく葉っぱの音が耳にはいる。今歩いている場所は色んなドアが見えるだけ。もし一人でこの場所に止まったら自分の心臓の音しか聞こえないんだろう。
「──ドアを開けて」
後ろからかかった声に振り向く。誰も居ない。明らかに女の声だった。グレイが裏声を出すような人じゃないのは初対面の私でも分かるしナイトメアはそんな状況ではない。
(…………気のせいか)
歩を進めるグレイに従い、上ったり下りたりを繰り返す。これ絶対一人じゃ出られないような気がしてきた。
階段をこえた向こうには変哲もない通路。あの階段が異常すぎるので感想なんてそんなもんだ。ナイトメアも徐々に楽になったのか一番前を歩く。その後ろをグレイ、私と続くのだがすれ違う人たちにじろじろと興味深そうに見られているのが気になってしょうがない。
悪意がないのは分かっているんだけどこう何度も見られるとなー。当初帽子屋屋敷にやってきたときもそうだった。ハートの城では殆どアリスに扮していたから気にならなかったがきっと見られていたことだろう。
気になって一回ブラッドに訊いたことがある。そしたら「それは君が余所者だからだろう」とさも当たり前のように返答された。余所者。この世界における私やアリスのように招かれてしまった客。丁重に扱われ皆に愛されるという補填もついている。素晴らしい話ではあるが私個人としてはこんな大きな屋敷暮らしよりもこぢんまりした安っぽいおうちの方が性に合う。素直には喜べない。って面と向かって言った記憶があった。
あんなこと初対面でよく言えたもんだ。
あの場にエリオットが居なかったのが幸いだろう。居たら瞬殺だったかもしれない。ほらブラッド絡みだとかなり短気だし。
(命に関わるようなことはなるべく言わない聞かないってのが大事そうよね……、)
「ん?なんの話だ?」
ナイトメアが振り返る。続いてグレイもだ。周りからの目もある。なんだこの状況。苦笑を返せば詮索はしてこない。深入りはしない、ということだろうか。歩くナイトメア。彼の背中を見ながらグレイに読心術について訊いてみるとウマ?ユーマ?UMA?だからと教えてくれた。未確認動物、成る程!
「やっとナイトメアの存在を理解することができた気がする」
「それはよかった。ナイトメア様も喜ぶだろう」
「残念ながら泣きそうな気持ちだ!」
ほっと気の抜ける私。数少ない友人を大切にとでも言いたげなお母さんキャラが定着しそうなグレイ。振り返りざまにきいいいいっと歯を食いしばって泣くのを耐えているナイトメア。
まわりの人達が微笑ましくナイトメアをみている。そういえばこの人達は一体なんなんだろう。帽子屋屋敷でいうマフィア兼メイドのような感じだろうか。ってことは領主は?
前を見る。隣を見る。ナイトメアの部下であるグレイは領主ではないだろう。妙に偉そうな態度、まさかね?きっと領主さんの御氏族なんだわ。
一室に着く。グレイがドアを開いてナイトメアが一番に入る。続いて私も入った。グレイが面接時のようにドアノブの音一つもたてないで閉める。絶対圧迫面接でも勝ち残っていけるよこの人。
ナイトメアがくるりと振り向いた。両手を広げて笑顔で話す。
「ようこそ、我がクローバーの塔へ」
残念ながらSEはならない。でも例えるならババーンだ。先ほどの空中浮遊事件で見かけた高い建物。それがここだろうか。道理で長い長い階段があったことだ。なぜか上り下りがあったように思えるのだけど。窓から見える景色は高い。あ、帽子屋屋敷を発見。アリスはもう向かってしまったのかな。
「クローバーの塔。ハートの城もあったことだし他にもあるの?」
ダイヤとスペード。この様子だと少なくともあと二種類はあってもいいはずだ。ひきつった顔、口に手を当てる。吐くのか!?と身構えたが出てきたのは深い深いため息。なにか辛いことを思い出させたのかもしれない。
「ナイトメア様はまだ本調子じゃないんだ。もっとやんわりと扱ってくれないか」
「ご、ごめん……」
指摘をするグレイの手にはお薬と水。ナイトメアはお薬嫌いの子供のように逃げ去った。動く度に青くなっていく顔色。本当、洒落にならない。
……………。
大人と子供と傍観者
〜Carry out [ what ] did it come? 〜
2013.5/9
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