……………。
なんだこの状況。今にも触れ合いそうな顔と顔。目の前にアリス。見つめ合う私たち女二人。本当、本当になんだこの状況。
ことの発端は真っ赤な騎士様。おもしろい話を思い出しただかなんだかと言いだしたのが始まり。
「本当にキスすれば入れ替われるんでしょうね?」
私の両肩をつかむアリスのその姿はとてつもなく恐ろしい。なんだ、この好奇心旺盛な女の子。今にも本当にキスをし始めちゃいそうだ。いやいや、まさか。入れ替われるなどと言われたからって、本当にするバカがどこにいますかどこに。
「フレンチでいいのかしら……、」
「……………」
(あ、駄目だわこの子。完全に本気の目してる)
もし舌なんてもん入れられたら噛み切ってやろう、そうしよう。アリスは確かに私と同じ余所者という枠に入っているが別に友達ではない。同じ境遇の人。ただそれだけ。女の子ってこともあって変な境界でもって越えてしまいそうな行為を犯してしまっているみたい。こんな狂った世界、私はどう生きていけばいいのだ。
ぷにっと触れあう桃色の唇。閉じられた眼孔。アリスの長い髪の毛が顔に当たってこそばゆい。近くで見ればやっぱり思う。端正に整えられたお人形みたいな女の子。無い物ねだりが始まる。アリスみたいになりたい、だなんて思ったら……最後、
(世界が反転する……、)
瞬いた瞬間擦り切れたビデオのように視界が歪む。ノイズだらけの耳鳴りが私を襲う。そうして正常な視界で見たのは驚きに満ちた名無しの姿。同じく私も自分を見る。青いエプロンドレスこそばゆいと思った髪もしっかりと眼で捉えることができた。
「……あーーー、」
声も違う。自分の体じゃないけど自分の体のように動く。座り込んだり立ったり、屈伸しては黙っても爽やかエースのもとへと歩いた。入れ替わるのはいいがどうすれば戻ることができるんだろう。勿論あるはずだ、入れ替わる方法があるなら戻る方法も。むしろ無くては困る。こんなんじゃ元の世界へ帰ることもできない。
「エース、戻る方法」
は?と訊こうとした瞬間悪寒を感じ、ゆっくりとした動作で振り返る。と、白く長い耳を生やした丸眼鏡のお兄さんに睨まれているではないか。私の心臓めがけて銃口を向けられていると頭が理解するのに時間がかかった。というより今も理解しきれていない。あの人間関係よろしそうなアリスが、なぜ銃口を向けられているのか。
「ちょっ、ペーター!私の身体に傷一つでもつけたら金輪際近寄らないで!」
ピタリと止まる「ペーター」さん。その隙にエースを楯にする。いや、だって恐い。エースも確かに初見で剣を首筋にあてられたりしていい印象はこれっぽっちと無いのだが。いやな笑顔と無表情の丸眼鏡、ぱっと見で決めるなら悩むことなくエースだろう。白髪の彼は銃を下ろすと銃が時計へ変形した。うん。説明できない。銃だった物が時計に変わった。物という概念はどこに?と誰かにききたい。でも誰も突っ込まない。この世界に固定された物はない、と私は心のメモをとる。
ペーターさんは「私」の身体を自分の物のように抱き寄せた。勿論見た目が私なだけで中身はアリスなんだけど。
(見ている本人としてはこれ以上嫌なことってないというか……)
銃を向けられたのだ。向けたその人は気持ち悪いくらいに私の体にすり寄ってくる。アリスアリスと愛を叫ぶ。中身はアリスだと分かっていても見た目は私。勘弁してほしい……、これが狂愛ってやつか?
「エース。私今、めっちゃくちゃ元に戻りたいの。戻る方法教えなさいよ。はやく、ってか早く!」
目の前の大きな赤い背中。ぎゅっと握る革素材の上着。このままじゃ私の処女が心配になってしまうんだもの。周りからみると溺愛って恐い。高校んときも似たような状況を目の当たりにしたがあの時は私は関係なし。今は違う。丸眼鏡の視線は私の、名無しの身体そのものだ。
「どうにかしなきゃ……私、名無しとして生きてけなくなっちゃう」
ぶつぶつぶつぶつ。エースの背中と腕の隙間からみえる白いお耳の生やした青年を睨む。この世で初めて殺意がわいたと言っても過言じゃない。
(そもそもエースが悪いんだよね…)
悠々と無防備な背中を向けているエースにも苛々する。殴りたい蹴りたい、兎に角何でもいいから痛みを与えたい。いや、本当に。適当に拳を握りしめたらくりんとエースが振り返る。……吃驚した。
「もう一度ナナシとキスすれば元に戻れるぜ?」
少し腹に力を入れたエースになるほどと頷く私。当の名無しであるアリスはキョトンとびっくり顔。アリスは何のことだろうとナナシを連呼し始めた。ああ、そうだった。アリスは私のことナナシノと呼んでいたからピンとこないんだろう。
(って何でアリスよりも話したことないエースが私の名前を知ってんのよ)
突っ込みたいがやめよう。どうせ言ったところで私が墓穴を掘ったか、はぐらかされるかのどっちか。ため息を吐く私、キスをする前に長い説明を始めなくてはならないようだ。
……………。
日本人と外国(?)人。
〜 Me with a name and an opposite family name 〜
2013.4/16
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