さようなら、大好きでした

ゆさゆさと揺さぶられた私の体は逆らわずにゆさゆさと動いていた。重々しい瞼を開けば今にも泣き出しそうなモモシロくんの表情。





さようなら、大好きでした





『モモシロくん…どったの……、』

「名無しの!」

声が出しづらい。そう言えば肌寒い。げふんげふん。数回咳き込めば大分楽になったよう。周りを見渡せば真っ暗の中、街灯が遊具が見えた。ああ…ここは公園か。じゃ、さっきのは。

『ゆめ…か』

そりゃそうだ。都合のいいように物語は進んでくれていたらみんながみんな幸せだ。夢の中のモモシロくんが悲しそうにしていた理由はなんだったんだろう。夢だって分かっていてくれたからなのだろうか。

「名無しの。俺、安静にしてろって言ったよな」

『うん。だからベンチの上に』

「そりゃ安静とは言わねーな。言わねーよ」

やっぱり言わないか。そりゃそうだろ。と会話を続ける。時折モモシロくんが頭をぽんぽんと叩いた。痛くも痒くもないが、おとなしく叩かれた。

『そう言えば…、』

どうやって私を見つけたの?疑問が出てきた。この公園は青学に近いとは言えない。それに私が寝ていたベンチの周りには大きな木が繁っていて、そう簡単には見つからないと思う。

「それは…、名無しのが」

『私が』

「名無しだったから」

『は?』

どういうことなのかさっぱり分からない。私が名無しだったからって何?ならモモシロくんだってタケシじゃない。……ん。タケシ?

『モモシロくん』

「なんだよ?」

モモシロくんの苗字って漢字で書くとどうなるの?そう聞いたら「果物の桃にお城の城」って返ってきた。私の小学生の頃のお友達のタケシくんの苗字は「白桃の桃に安土城の城」って覚えていたからトウジョウくんだと。そう、トウジョウくんだとばかり思って……!

『まさかタケシくんって桃城くん?』

夏休み限定で東京にやって来ていたあのタケシくんが今となりにいる桃城くんだと言うんだろうか。いや、でも同姓同名なんて滅多にないよ。やっぱり、

「じゃあ名無しまた来年な」

『あ、それ。いっつも……夏休み最後の日に…言う言葉』

小六の時、その言葉を最後に武くんとは会わなくなった。中一の夏休みもこの公園に来ていたのに。あ、そうか。彼はテニス部だから応援とかしていたんだろうね、納得。

『……そっか。桃城くんが、武くん…だったんだ』

「そりゃこっちのセリフだってーの。二年しかたってねーのに名無しは随分かわっちまったな、おい」

そんなに変わったところはないと…思いたかったが、保健室で出会ったあの時のことを思い出すと確かに変わったかも。なんて思う。多分これがいつもの私だったなら『ありがとう』の言葉もすらりと言えたんだろうが、あの時は仲の良い人たちを寄せ付けないことで一生懸命だったから。

「うっし。帰るか!」

『……どこ、へ?』

返答は家。だった。私を病院へと戻す気は無いようで少し嬉しくなった。でもね、もうちょっと寝たいかな。今、すんごく眠たい。眠りたいと思う。瞼を閉じればすぐに寝られる状態だと思う。って私はのび太くんか。

『眠い…、寝る』

「ここでか?風邪引くだろ」

『武くん、居る。安心…』

コテンと彼の肩にもたれかかった。彼は嫌がらずに預けた私の体を支えている。優しい。とても優しい。そんな彼が、好き…なんだ。

『大好き…でした』

「なっ、ムードねぇなお前」

少し上機嫌な彼の声を最後に私は視界も聴覚も失った。なにこれ、私ってすごく幸福者じゃない。さよなら私の人生。大切な事はちゃんと伝えられた。これって良いことだよ。さよなら私の初恋の人。結局、君だけを悲しませるような結末にしてしまった。これって良いこと?悪いこと?

それでも好きだったから。
この言葉だけは貴方に伝えたかったから。





『おやすみなさい』
(次に私が目覚めるその時も貴方は一緒にいてくれますか?)


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