深夜、皆が寝静まっただろうこの宿の中にて。(マリク教官にあてられていた部屋では教官とソフィの声が響いていたけれど)
私、ナナシは、カメラを持参してとある人の部屋の前まで来ていた。なんでカメラを持っているかというと、勿論の事、目の前の部屋で寝ているであろう人の寝顔を隠し撮りするためなのである。
………とはいえ、私だって本当はこんなことをしたいとは思っていない。
『まさか…、魔法カルタで負けちゃうとはなぁ……』
私、アスベル、ソフィ、シェリアと四人で本日の買い出し担当組の教官とパスカル、そしてヒューバートの三人を待っている間にやっていた魔法カルタで見事負けてしまったのだ。
しかも、一番点数の高かったシェリアに言われたこの言葉。
「じゃあ、罰ゲームとしてヒューバートの寝顔を撮ってきてもらおうかな」
その言葉に同意したのは何故か少し企んでいるような笑みを浮かべるアスベル。何に同意しているのか分からないが、早くアスベルもシェリアとくっついてほしいものだ。
そう、私はアスシェリ信者。この二人をくっつけるために何回も何回もヒューバートと色々な案を練っているというのに、何故くっつかない。
「ナナシ、罰ゲームなんだよ」
だからやろう。と、なにがなんだかよく分かってなさそうなソフィが私の服の裾を引っ張るので、私は渋々と了承したのだった。
『とりあえずなんとかなるわよね!』
小声で自分に言い聞かし、静かにドアノブに手をかける。ガチャリと静まった夜にはかなり響く音をたたせてしまったことに少しヒヤリとしながらも、足音をたたせないようにゆっくりとベッドがあるほうへと向かっていった。
ベッドの端にあるチェストに手をのせる。手探りであるものを探しているのだ。
カチャっと指の先があるもの……眼鏡にあたり、寝ていることを確認した。そりゃ寝ているときは眼鏡を外すもんね。
『さぁー…て、ヒューバートの寝顔をみせてもらいましょうか……』
クルリとベッドの方を向くと共にパッと部屋の電気がつく。とにかく暗闇に目が馴れてしまっていたため、いきなりの明るさに目を細める。こんなふうに誰かに見つかるだなんて、私ってばまるでどこかの犯罪者みたい。
「……そういうことですか」
ベッドに寝ていると思っていた青を象徴としている彼、ヒューバートが呆れたようにため息をつきながら、私の腕をぎゅううっと引っ張った。
『いだだだだ!痛いよ、ヒューバート!!』
「貴女がさっさとそこを退いてくれないからでしょう。こんな下らないことをしていないで早く自分の部屋に戻りなさい」
さっさとそこを退いてくれないからでしょう。って、一回も退いてって言ってくれなかったのは何処のドイツよ!
そう思いながら、ドサッと冷たくはない絨毯の上に尻餅をつき、痛むお尻を擦りながらキッとベッドの上に悠々と座っているオムライス国務長官(今の称号)を睨んだ。
睨んだのだが………、
『…っ……』
「な、何ですか……?」
彼の眼鏡を外した顔をマジマジと見たのは初めてだったわけで、その…、いつもとは違う…ちょっと幼い感じのギャップにビックリしてしまった。
「………ナナシ?」
呆けていた私を不思議に思ったのか、それとも私がどんな表情をしているかを確かめたいのか、ギシリ、ギシリとベッドの上で彼が動く音が耳に届く。
一歩、一歩と確実に近づく音。
そしてまた腕をとられた。
今度は優しく、そして静かに。
方向が方向の為に、決して柔らかいとは言いがたいベッドの上にまるで寝かされるようにされる。そして視力が悪い彼は、目をしかめながらも私の顔を覗き込むように見ていた。
意図が分からない。
何故、彼がこんなことをするのか。もし、私がヒューバートと付き合っていたとして、こういうムードならラブラブムードに突入して、色々にゃんにゃんしちゃったりもするのかもしれないけれど、生憎、私とヒューバートはそんな関係ではない。ただの仲間。それだけなのだ。
『ヒューバート、』
「大丈夫……のようですね」
いきなり黙るから何かあったのかと思いましたよ。そう言って顔から離すそのあまり見せない優しさに私は顔を林檎のように染め上げてしまった。
いつもの彼と、今の彼と、
((全然違う貴方というギャップに惚れてしまったのは私だけなのだろうか))
次の日。
『ヒューバートの寝顔をGETしたよ〜!』
「ええっ、ホントに!?」
驚いているシェリアに一枚の写真を見せる。それは、紛れもないヒューバートの写真。
「すごーい!ってコレは七年前のヒューバートじゃない!!ダメよ、取り直し!」
「ほぅ……。ことの首謀者はシェリアだったんですか。僕はてっきり兄さんかと思っていたんですがね」
『だからいったでしょ?シェリアが悪いんだ、って』
「なっ、ナナシ!」
2010.06.23
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