下校時間前、委員会で遅くなった俺はバタバタと廊下を走っていると、遠くから名前ちゃんの声と昼間に名前ちゃんのことを悪く言っていたグループの子たちの声が聞こえてどうしたらいいかわからず震えていた。
助けたい気持ちと、俺なんかが行ってどうする、という気持ちでいっぱいになる。
頼りたくなんかないけど、アイツは一応先生だ、とハッとして俺は美術室に走った。

「おい!」
「あ?下校時間だぞ帰れ」

勢いよく扉を開ければそんなことを言われるも、俺は宇髄先生の腕を掴んで走る。

「なんだよ!」
「名前ちゃんが!呼び出されていじめられてんだよ!お前のせいで!」

俺の言葉に少し目を見開いて頭を掻くコイツにイラっとする俺。
俺には何もできないのに、なんでコイツはこんな反応をするんだろう。
だんだんと大きくなる声に、突然引っ張られて口をふさがれる俺。

「んー!」
「静かにしてろ」

そう言って聞き耳を立てているコイツにイライラする。
早く助けてくれよ、名前ちゃんの悲痛な音に涙が止まらなくなる俺。

「ちょっと顔が可愛いからって調子乗って宇髄先生と何してんのあんた」
「別に、調子になんて…」
「じゃあ何!?当てつけなの?」
「や、やめてください…ッ!」

痛い、と聞こえる音に多分蹴られているのだろうか、殴られているのだろうか。
どっちにしろ俺は我慢できなくて、宇髄先生に抑えられている手を剥がそうともがく。

「その大事そうに持ってるハンカチ、どうせ宇髄先生からもらったんでしょ!?」
「ち、ちがいます…!それは、返さないといけないもので、」
「ふーん?」
「か、返してください…!」
「大丈夫大丈夫!あたしたちが返しておいてあげるから!」

あはは!と高らかに笑うそいつらに吐き気がする。
奥歯を噛んで必死に耐えていると、名前ちゃんが声をあげる。

「私が返さなきゃ、意味がないんです…!」
「はぁ?何言ってんの?」
「これは、宇髄先生から借りたものじゃないです…!」

名前ちゃんがそう言うと周りの女が一瞬ピタリと止まったが、次の瞬間、ひどく耳障りな怒りの音が聞こえる。

「じゃあ誰のものなわけ?あんた最近宇髄先生と仲良くしてんじゃん」

怒りでか、支離滅裂な言葉にもかかわらず、名前ちゃんはおびえながらも答える。

「宇髄先生は、私に自信が持てるように手伝ってくれていただけです…!」
「あの宇髄先生がただそんなことのために手伝うわけないじゃん!どうせ体でも売ったんでしょ!?」

その言葉が聞こえた瞬間、ため息をついて宇髄先生が立ち上がって近づくから、俺も一緒に飛び出す。
一緒に出ていけば見えたのは名前ちゃんの背中と俺たちを見て驚いた顔の女の子たち。
それに気づいていないのか、名前ちゃんは声をあげた。

「私は…!宇髄先生じゃなくて、我妻くんが好きなんです…!そのハンカチは我妻くんに返さなきゃいけないものなんです…!」
「へ?」

その言葉に思わず声が出る。
俺の声に名前ちゃんは振り向いてぽかんとしてから顔を真っ赤にする。
一緒に飛び出した宇髄先生ですら驚いた顔をして名前ちゃんを見ていて、咳払いをしてから名前ちゃんたちに近づく。

「…まぁ、なんだ。誤解は解けたし、そのハンカチは名前に返してやれ」
「…はい」

そう言って女の子たちは目をそらしながらもごめん、と謝ってからハンカチを名前ちゃんに渡す。

「暴力沙汰起こしたわけだから悪いけどお前ら今から職員室来い、いいな」
「…はい」

そう言って俺の肩をポン、と叩いてから女の子たちを連れて行ってしまった宇髄先生。
残されたのは顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうな名前ちゃんとどうしたらいいかわからず目を泳がせている俺。
名前ちゃんはちらりとこっちを見てからグッとこぶしを握った。

「あのっ…さっきの聞かなかったことにしてください…」
「なんて?」

思わず聞き返しちゃう俺。
名前ちゃんは俯いて、ぼそぼそと呟く。

「…私なんかに好かれても、困らせちゃいます…だから、ごめんなさい…」

そう言って名前ちゃんは先ほど返してもらったであろうハンカチを俺に渡してくる。
これ、前に捨ててもいいって言って渡したハンカチだ。

「これ、ありがとうございました。ずっと返したかったんですけど…勇気が出なくて…」

俺はそのハンカチをゆっくり受け取って名前ちゃんを見る。
ほっとしたような安心したような音がして、名前ちゃんは落ちていたカバンを拾って俺にお辞儀する。

「ほんとにありがとうございました…!えっと、さようなら」

そう言って横を通り過ぎるように走るから、思わず追いかけて腕を掴む俺。

「あ、我妻くん…!あの…!」
「こ、困るから!」

俺の言葉にビクッとしてから俯いた名前ちゃん。

「…知ってます、私に好かれても」
「ち、違うよ!その、なかったことにされたら困る!」

俺がそう言うと名前ちゃんは意味が分かっていないのか俺を見る。
少しだけ泣いていて、俺が泣かせてしまったんだ、と思うと心がひどく痛んだ。

「俺も、その…名前ちゃんが好きだ」

名前ちゃんを見つめながらそう伝えれば名前ちゃんは少しだけ目を見開いてから俯く。

「…私に合わせて言わなくてもいいんですよ」
「違う!合わせてなんかないよ!」

俺はグイっと名前ちゃんを引っ張って抱きしめる。

「あ、あの…!」
「名前ちゃんが優しいことも、本当はかわいいこともずっと知ってたよ。見てたから」
「え…」
「好きな人のために髪の毛切ったって聞いたとき、ほんとにショックだった」

そう言ってからカチコチに固まっている名前ちゃんをぎゅっときつく抱きしめる。

「でも、俺のためだったんでしょ?そう思うと、今すごく嬉しい…」

多分今心臓がバクバクと音を立てているのも名前ちゃんは気づいているのだろう。
ゆっくりと俺の背中に手を回す名前ちゃんに俺は少しだけ体を話して笑う。

「俺と、付き合ってくれませんか」

そう言って返事をくれた名前ちゃんは今まで見た中で一番かわいく笑った。


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