可愛くなりたい、そう思い始めたのはいつだっただろうか。
多分恋をしたからだと思う、私の隣の席の我妻くんに。
いつだったか、たまたま私が我妻くんとぶつかって我妻くんの持っていた水が少しだけかかってしまって、ハンカチを渡されてから、捨てていいからそれ使って!と言われてそれを返すために我妻くんを目で追っていたら、気づけば好きになってしまっていた。
我妻くんはきっと授業で隣の席の人とペア組め、なんて言われなければ私には話しかけてすらこなかっただろうに。
そんなペアを組めと言われた美術の授業も今日で終わり、話すこともなくなるだろうし。

「お、お前うまいな」
「ひっ…!」

突然すごく近いところから声がして小さく悲鳴を上げれば、私の反応に笑う宇髄先生。

「ちゃんと我妻の特徴とらえてるし、よかったら美術部入らねぇか」
「やめといたほうがいいよ名前ちゃん、こいつ美術室爆発させるから」

宇髄先生の勧誘ににこやかに毒を持ってくる我妻くんに思わず苦笑する私。
2人が睨みあっていると宇髄先生は我妻くんを見る。

「そういやお前の見てねぇわ」
「は?見なくていいわ」
「見せろ」

そう言ってスケッチブックを隠す我妻くんからスケッチブックを奪う宇髄先生。
我妻くんは身長差のある宇髄先生に頭を押さえられながらピョンピョンしている。

「…おい、ネタか?」
「うるせぇ!どうせ俺には絵の才能はないわ!」

そう言って哀れんだ顔をしながら我妻くんにスケッチブックを返す宇髄先生。
チラリと見えた絵に、私は何とも言えない気持ちになった。
なんというか、髪の毛しかない。
いや、私は髪の毛長いから仕方ないんだけど。
そんなこんなで最後の授業の美術も終わり、絵を提出して、教室に戻る。

「名前ちゃん!」
「は、はい…!?」

後ろからいきなり声をかけられて立ち止まればなんだか落ち込んだようにこちらに歩いてくる我妻くん。

「えっと、ごめんね。せっかく俺のことあんなにうまく描いてくれたのに、俺下手で」
「い、いえ!その…私がこんなんだからいけないと思います…えっと、すみませんっ…!」
「あ、ちょっと!」

ばたばたと教室に戻って席に座る。
ああ、やってしまった。
ネガティブな自分が嫌いで隠して生きていたというのに。
ホームルーム中も、私が帰るときも、我妻くんは申し訳なさそうにこちらを見ていた。
そんな時、下を向いて歩いていたせいか、廊下でぶつかる私。

「す、すみません…!」
「お、名前か」

顔をあげると先程まで美術で一緒だった宇髄先生だった。
私を見て宇髄先生は首を傾げる。

「元気ねぇな、どうした?」
「い、いえ…大丈夫です」
「大丈夫じゃねぇだろ」

そう言って宇髄先生は私を引っ張って美術室に連れていく。

「あ、あの…?」
「お前、絵を描いてるときのほうが生き生きしてたぞ」
「へ…」
「楽しそうだった」

そう言いながら美術室に着いてから私にスケッチブックとペンを渡す。

「ほれ、国宝級の俺がモデルになってやるから描いてみろ」

そう言って笑う宇髄先生に私はきょとんとしてから少しだけ笑う。

「…自分で言っちゃうんですね」

そんな私を見て宇髄先生は少し驚いた顔をしながら少し笑って私の頭を撫でる。

「お前、笑ってたほうが可愛いぞ」
「な、ななななにを言ってるんですか…!」
「ははは、下校時間までにイケメンに描けよ〜」
「もう1時間しかないじゃないですか…!」

私はそう言って急いで前に座る宇髄先生を描き始めた。

***

あー、やらかしてしまった。
そう思ったのは俺の絵が少し見えた時に傷ついた音をしながらも苦笑している彼女を見た時だった。
以前、筆箱を忘れてあたふたしていたらよかったら使ってください、とシャーペンと多分その場で切った消しゴムを渡してくれた。
わざわざ俺のために消しゴムを切って渡してくれる彼女の優しさに一瞬で恋落ちた。
それからというもの彼女を無意識のうちに目で追っていた。
周りの男子はあいつ暗いよな、とか言ってバカにしてるけど、彼女は暖かくて穏やかな音がしていて、見た目とのギャップに俺は混乱するくらいだった。
炭治郎も匂いで分かる人だから、名前ちゃんのことを言えば、困ったように笑って、話しかけたいがどうしたらいいかわからない、と言っていた。

そんな中美術の時間でペアになってせっかく話せるチャンスだったというのに、アイツ、宇髄先生のせいで見事に傷つけてしまった。
どうしても謝りたくて声をかけたが軽く流されて、帰りも話しかけようと帰る名前ちゃんを追ったら、名前ちゃんとアイツがぶつかって、あろうことかアイツは名前ちゃんを連れて行ってしまった。
しかも、俺を見つけてニヤッと笑ってからだ、腹立つ。

俺はゆっくり美術室に近づいて美術室を覗くと、今までに見たことないような楽しそうな顔でアイツと喋りながら絵を描いている彼女を見た。
あんな顔、できるんだ。
ドキドキ音を立てているのは彼女の笑顔を見たからなのか、覗いてることへの罪悪感なのか。
それと同時にモヤモヤとする俺。

「…帰ろ」

俺は静かにその場から去る。
モヤモヤしているのはきっと何もできない自分と笑顔を向けられていた相手が宇髄先生だったからかもしれない。
むしゃくしゃした気持ちをどこかに追いやりたくて俺は走って家に帰った。


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