楽しそうに俺を引っ張りながら、あっちのお店行こう、この服どう?似合うと思うよと言って笑っている苗字さん。
いつまで経っても美人が近くにいることに慣れなくて俺は緊張してるのに。
そういえばなんで彼女はあんなところに歩いていたのだろうか。
ちらりと苗字さんを見れば少しだけ笑って首を傾げる。
いつもは遠くから綺麗だなぁ、なんて見ていたのに近くで見ると思ったよりも小柄な彼女はどちらかと言うと可愛いと思ってしまう。
いや、そうじゃなくて。
「…苗字さんは、」
「名前でいいんだよ」
俺の言葉を遮る苗字さん。
「名前ちゃんは」
「呼び捨てでいいよ」
ニコニコと俺を見る彼女に、俺は耐え切れなくてやけくそのように名前を呼ぶ。
「っ、名前は!何しに来てたの!」
そんな俺に気づいているのかくすくすと笑いながら答えてくれる。
「私は飲みに行こうとしてたの、新作のやつ」
新作のやつ、というと。
あの有名なコーヒー店のやつだろう。
そのあとに嫌な顔をしながら思い出すように言う。
「そしたら道中で絡まれただけ」
ならばまだ行っていないことになる。
俺に着いてきてくれていることになんだか申し訳なくて。
「あ、そうなんだ…あとで行く?」
俺がそう言うと少しだけ驚いた顔をされる。
「え、一緒に来てくれるの?」
「まぁ…」
ここまで俺の用事に付き合ってもらったのだから少し並ぶくらいなら全然問題ない。
「じゃあついてきてもらおうかな、ありがとう我妻君」
ふわりと笑う彼女に少しだけ呼吸を忘れそうになって、俺は顔を逸らす。
「…俺も別に名前でいいし呼び捨てでいいよ」
俺も心の中でもう吹っ切って名前って呼ぶことにしよう、なんて多分今日1日で色々ありすぎて頭が追いついていないのかもしれないんだけど。
名前はいたずらっぽく笑ってこっちを見る。
「彼氏だし?」
「そ、れはもう少し心の準備というか…!」
正直名前のことはあの笑顔を見た時に好きだったのだけど、彼氏、と言われると心の準備がいる。
もちろん名前は俺が見ていたことも知らないから、恋されてるなんて思っていないのだろう。
少しだけ笑ってからこっちを見てくる名前。
「じゃあ今日はお試しってことで」
「え?」
お試し、とは。
俺がきょとんとすると名前は俺の腕を少しだけ抱く。
「今日私と一緒にいて、付き合ってもいいなって思えたら付き合ってほしい」
「でも、それは…」
なんだか名前を試しているみたいで嫌だ。
それに俺ははっきり言えないだけで好きなのに。
そんな俺に名前はにっこり笑う。
「大丈夫、きっと付き合ってもいいって思わせるし、好きだって思わせるよ」
「なん、」
名前はそう言って俺の手を握る。
「行こう」
寒いはずなのに、繋がれた手を意識すればするほど暑く感じる俺のことなんかお構いなく、新作〜と楽しそうに歩く名前を俺は静かに見ていた。