引継ぎ審神者は懐かれた
その審神者は人付き合いが苦手である。
苦手故に、引継いだ本丸では刀剣達を避け続け、一人で出陣していたが、明石国行の顕現と共に少しずつ、歩み寄るようになった。
刀剣達を避けていた審神者の朝は早い。
日が昇る前に起き、誰にも会わぬようにこっそりと身支度を整える。
いつもなら、さっさと朝食をすまし自室報告書を書きながら蛍丸と愛染を待つのだが、その日は違った。
「…………」
朝食を終えた審神者はメモを取り出して、ペンを走らせる。
書き終えたメモを、襖の隙間に挟んだ。
しばらくして、
「おお、そうか……雀に餌をやっていたのは主か……」
メモを隙間から抜き取ったのは三日月。
話せない審神者を気遣ったのか、三日月が提案した。
長文ではお互い負担になるだろうと、ちょっとした事を審神者がメモに書き襖に挟み、三日月がそれを読んで言葉を返すという、文通もどき。
お互い早起きなので、まずはこうして少しずつ慣れていこうという事だ。
今日の出来事は庭に来る雀の事だった。
本丸に来たばかりの頃、審神者は癒やしを求めて雀の餌付けを開始。
今では肩や手に乗るほどに慣れた。
メモの内容はその事だった。
「随分と慣れているとは思っていたのだ。さすがに手には乗ってくれんがなぁ…」
クスクスと楽しそうに笑う三日月。
姿は確認出来ないが、部屋の影が揺れているので、どうやら審神者も笑っているようだ。
「………さて、俺はそろそろ行こう。燭台切が朝餉の支度をしておるだろうしな」
メモを大切そうに懐にしまい、三日月は去っていった。
ちなみに明石だが、隣の近侍部屋で爆睡中である。
「ねぇ」
昼過ぎ、審神者の部屋を訪ねてきたのは乱藤四郎。
彼に会う度に睨まれていた審神者の肩が跳ねる。
それを見た、明石の眉間に皺が寄る。
「何か用やろか?」
そして、すっと審神者の視界に入らないようにと乱の前に立つ明石。
「いち兄から、話聞いた…」
ぼそりと、話し出す。
「出陣、してたって……」
「………」
「あのさ、良かったら………一緒に遊んでほしいんだ」
「………へ?」
思わず出た声に、乱だけでなく、明石も審神者を見た。
「主は高齢だったから、あんまり遊べなくて…………ここを去る前に言ってた。次の審神者は若い人だからたくさん遊んでもらいなさいって」
「…………」
どうしようかと悩んでいると、
「鬼ごっこしようよ!」
にんまりと笑いながら、乱は言った。
機動の高い短刀との鬼ごっこ。
それはもはや嫌がらせでしかない。
「じゃあ、外で待ってるから!」
それだけ言うと、乱は走り去っていった。
「どないしますの」
「…………やる」
「え、」
「このままじゃ、いけないと思うし………」
明石と審神者は戦場で出会ったとはいえ、明石は審神者が戦うところを見たわけではない。
それ故に、彼女の戦闘力を知らない。
当然、心配もする。
「行って、くる…」
そう言って、部屋を出る審神者の目はギラついていた。
「こりゃ、また……」
「そっか、国行まだ知らないもんね」
ひょこりと現れた蛍丸。
「主、すごいよ」
笑う蛍丸の目もギラついていた。
「あ、来たんだ」
そこには、ニヤニヤと笑う乱藤四郎、彼の服を掴みながら怯える五虎退、睨みはしないがじっと審神者を見つめる薬研藤四郎、そして秋田藤四郎、前田藤四郎、平野藤四郎、厚藤四郎、今剣、小夜左文字まで、短刀が揃っていた。
「じゃあ、ボクらを捕まえてね」
やはり、そうきたか。
短刀達は一目散に駆けだした。
「手伝うか?」
「………いい」
小さく呟くと、審神者も駆けだす。
「あーあ」
ギラついた彼女の目を見て、愛染は苦笑した。
「うわぁ!」
最初に捕まったのは今剣。
審神者は服の襟を掴んで引き寄せた。
「嘘だろ…」
その瞬間を見ていたのは和泉守兼定と同田貫正国。
手合わせにと持っていた木刀を二人そろって落とした。
皆、短刀達の企みは知っていた。
一期一振と燭台切光忠から審神者の話を聞いた。
だが、いきなり認められるわけがない。
散々、避けてきたのだ。
そこで、思い付いたのが鬼ごっこ。
遊んでほしい、自分達もまた主と―――――
そう思った短刀達は、遊びと同時にちょっとした嫌がらせをしようと考えた。
しかし、困り果てる審神者を想像していた短刀達は絶句する。
機動も隠蔽も高い今剣が真っ先に捕らえられたのだ。
ギラついた目は、獲物を定めた獣のよう。
「皆、戦場の主知らないからなー」
「そうだねー」
ぼりぼりと燭台切が用意した煎餅を頬張る愛染と蛍丸。
「別人やん!あのおどおどした姿どこに置いて来たんや?!」
「何か、身体動かすのは好きみたいだよ。こんのすけが言ってた」
「戦場行った時も真っ先に槍を倒しに行くしね」
「初めて見た時は俺達も驚いたな」
審神者の豹変っぷりに明石を含め、皆がドン引きである。
「僕はてっきり五虎退君みたいな感じかと思ってたんだけど……」
苦笑しながら言う燭台切。
「同じ獣でも小狐丸に近いな」
「私か?!」
三日月の横に座っていた小狐丸が肩を跳ね上げる。
「勝負したら面白そうだな」
次々と短刀を捕らえていく審神者の姿が気になるのか、ぞろぞろと大広間に集合する刀剣達。
同田貫に至っては戦いたくてたまらないらしい。
開始直後は逃げまどっていた短刀達も、いつの間にか笑顔を浮かべていた。
いつの間にか、皆が審神者に釘付けだった。
「はっ……はぁ……」
全員を捕まえたところで、さすがの審神者も息が上がっていた。
荒い呼吸を繰り返しながら、周りを見てはっとする。
「…………」
つい本気になってしまった。
乱暴に掴んだ子もいるかもしれない。
いや、確実にいる。
どうしようどうしようどうしよう…………。
「あるじさまはおはやいのですね!」
「へぁっ?!」
「つかまえられたのははじめてです!」
キラキラとした眼差しで、今剣は審神者を見る。
「あの、その、泣いたりして……ごめんなさい」
泣きそうになりながら謝る五虎退。
「ボクも、ごめんなさい」
釣られて謝る乱。
「いやー、鶴丸の爺さんじゃねぇが驚いたぜ大将」
ニッと笑う薬研。
「主君、今までごめんなさい」
「僕も、ごめんなさい」
こちらも謝る、平野と前田。
わらわらと審神者を囲む短刀達。
どうやら、懐かれたようだ。
彼らの目は見れずとも、何かせねばと一人ずつ頭を撫でていく。
「あー!ずるーい!」
それを見て、蛍丸と愛染も話に飛び込んだ。
「あらら……」
審神者がいっぱいいっぱいなのをわかっていながら、明石は笑みを浮かべながら見つめるだけ。
止める者は誰もいない。