隣にいることを許された俺は珍しく上機嫌。
やっと歩けるようになった彼女と一緒に靴箱へと向かう。

言葉を交わすことはなかったが、
その空間は心地良く出来るだけ長く続けばいいと思った。
なんて考えてたらもう目的地。
クラスが違う俺はさっさと靴を履き彼女の元へと急ぐ。

彼女は靴箱を開けて中を見ながら固まっていた。

「おい、どうした…」

掛けた声にビックリした彼女は肩を揺らし、すごい勢いで振り返えって俺を見る。
そして一方的に用件を喋る。

「わ…私まだ学校ですることが残ってました!!一緒に帰れません!
ごめんなさい…先に帰ってください!」

言い終わると走ってその場を立ち去った。

…俺、この一瞬でなんかしたっけ…?

消えていった方向をボケーっと見ていた俺は、
彼女の靴箱を開けて理由を知った。

そこには黒のマジッで暴言を書かれた上に水浸しにされた彼女のスニーカーが寒そうに収まっていた。

今日は頭にくる事ばかりで苛々する。

俺は可哀想なスニーカーを引っ掴んで学校を出た。


数分後、学校へ戻って来た俺は彼女を探し、
1階の教室やら多目的ホールを見ていくが姿はない。
残りは向かいの棟の2階にある図書室くらいか…

靴箱の前の廊下を歩いていたところで、ちょうど彼女と出会した。
きっと図書室にいたんだろう。

俺を見つけてまたビックリしたようだ。

「あの…もう帰ったんじゃ…」

俺が帰ることを期待していた発言に少しイラっとしたが、
理由が理由だ、淋しいがしょうがないと自分を納得させる。

「誰がお前を置いて帰るかよ、ほら一緒に帰るぞ」

彼女に近寄り緊張しながらできる限り優しく手を引っ張った。

ほっそくて小っせー手。

「あっあの…触ってますよ!!それに私、靴がぁぁ…ぁっ…」

彼女の声を無視してカタっと靴箱を開けた。
そこには俺が買ってきた新品のスニーカー。


「これ…姫野くんが…?」

取り出したスニーカーを大事そうに胸に抱えて、嬉しいです…と震える声で言った。

「それ…初めからお前のだろ、さー帰るぞ」

俺…照れてる…自分でも気色悪ぃこと言ってるしな…
アイツらに知られたらマジで生きていけねー。
でも表情は見えなくても動作で嬉しいと表現している彼女を見ていると、
俺は幸せな気分になれた。

帰り道を二人で歩く。
背の高さの違う俺達は、やっぱり歩くスピードが違う。
気を使わせないように自然を装って同じペースで歩く。
こんな日が来るとは…
蒼生に見られたら爆笑されるに違いねぇ。

隣にいる小さな彼女を見て、ふっと大切なことを思い出す。

「今さらなんだけど…名前なに?」

名前も知らないで数週間ソワソワしていたなんて。
俺も大概バカだった。

「えっと…苗字は織田って書いて"おりた"です。名前は平仮名で"いちる"です」

「織田…いちる…」

「あの…私の家ここです。着きました」

家に到着したことで会話は途切れてしまった。
俺は名前を伝えられず…

彼女が指差す先にあったのは、
セキュリティとかマジで大丈夫なのか!?と思うほどの古い木造アパートだった。

「私一暮らしなんです…古いアパートでびっくりしました?」

「あぁ…」

「ここの大家さんが優しい方で…家賃少し安くしてくれてるんです…
あっ!内緒にしててくださいね!」

内緒…二人だけの秘密的な…何だかこの単語で嬉しくなる俺ってキモい。
こんなボロアパートに一人暮らしって心配にしかならねぇ…
部屋の中が気になる…
どーしても気になる。

アパートをガン見し、別れのタイミングを切り出さない俺に彼女は言った。

「今日、夕飯にカレーを作ってるので…食べて行きますか…?」

まさかの絶好なお誘いに嬉しさがいっぱいで無言になっていたら、
怒っていると勘違いさせてしまったのか、

「………あっ!他に予定がありますよね!!ごめんなさい…わ、忘れてください」

そそくさと下向き加減でアパートに帰ろうとした彼女の手を、
慌てて引き止めた。

「…腹減ってっから食べていく」

ぶっきらぼうに言った俺に、

「良かった…スニーカーのお礼です…スニーカーとカレーじゃあ全然釣り合わないですけど…」

「んなことねーよ」

俺、キレイに笑えただろうか?
嬉しいってちゃんと伝わってるだろうか?

君が好きですと…気づいてもらえるだろうか?




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