「しぶてーなぁ!お前まだ学校来るのかよー」

そう言いながら俺に背を向けている男がアイツの肩を思いっきり押して、
目の前の黒板に叩き付けた。

ダンっと音を立てて崩れていく小さな体。

「おいっ!ヤマト!後ろ!姫野が…」

真ん中らへんの机にたむろしていた何人かの一人が叫んだ。

遅ぇよ…

黒板の前にいた男がそいつらの声に振り返ろうとする前に、
俺は胸くそ悪ぃヤローの首根っこを後ろからひっつかまえる。
力の加減なんて出来そうにないくらい、
俺は頭にキテいた。

「よく聞けよ…今後コイツに手ぇ出したら…
死んだ方がマシだと後悔するまでなぁ…
この俺が苛めぬいてやる…」

我関せずで眺めていたやつらも含め教室にいた5~6人に釘を刺しておく。
とりあえずこの人数脅せば噂は広がっていくだろう。

「おい…分かりましたの返事は?あ?」

押さえていた首から手を離し、瞬間で肩を掴んでこちらを向かせる。
脅えきった冴えないヤローは震えながら、
はい、分かりました…と消えそうな返事をした。

クソヤローの首なんて触っちまった…気持ち悪ぃ。

「消えろ」

周りをぐるりと睨み付けて言えば残っていた奴らは、
蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「立てるか?」

うつ伏せで倒れている小さな背中。
気絶するほどでは無さそうだったが…。
もしかして怖がらせ過ぎて顔をあげることが出来ない…のか…?
蒼生が言っていたことを思い出し青くなる。

ヤバイ…怖がらせた
テンパり出した俺に細い声が聞こえた。

「あっ…あの。大丈夫です…ありがとうございました。
眼鏡が顔に当たって痛くて声を出すのが遅くなってしまって。
あと…腰がぬけて…」

寝そべった体勢で眼鏡を掛け直しながら顔だけをこちらにあげた。
初めてよく見た顔は…

全然よく見えなかった…

長い前髪は分けることもせずに目にかかってるし、
黒縁の眼鏡までしてるから顔見えねぇ。
辛うじて見える部分といえば小ぶりですっとした鼻に、
桜色の薄いやや小さな唇。

でもとても惹かれる。
その声にその細く白い手や整った指。

体勢を変えることなく彼女は言った。

「あの…傷は良くなりましたか?」

俺という存在をわかってくれた。
あの時、最後に会った日の俺を心配してくれた。
俺はお前を殴ったんだよ。
なぁ、なんでそんなに優しいの?
胸の中がぎゅっとなる。

俺は小柄な彼女の脇に手を差し込んで持ち上げ、横にあった教卓の上に座らせた。
背の高い俺に彼女の目線が上に来る。
正確には来たと思う、目すら見れないなんて…

「あっあの、触らせてしまってごめんなさい」

焦った声で下を向いて腿に両手を置き、
緊張かなんなのか知らないが、世話しなく手遊びを始めた。

なんだ…そんなこと。
俺は心配されてばっかりだな。

でも本題はこっからだ。
俺はずっと考えていた。
これからも彼女の側にいられるとても卑怯な方法を。


「この前は…殴ってごめんな…傷残ってないよな…」

邪魔な前髪をさらりと横に流そうと思ったのだが、
他人に触れられることが耐えられない俺のように、
この子にも髪で顔を隠す理由があるのではないかと。
彼女にこれ以上嫌われたくない俺は伸ばしかけた手を引っ込めて、
代わりにラッピングしてもらったハンカチを
彼女に差し出した。
喜んでくれるだろうか…

「これは…」

「この前のハンカチ、血が取れなくて返せないから新しいやつ買ってきた…
どんなのが好きか分かんねぇから、
俺の好きな色のを選んでみた」

俺が言い終わり彼女は包みを受け取ってくれた。
開けて確認してと言った俺の前でラッピングをとても綺麗にはがしていく指先に、
俺の目は釘付け。

「わぁ…この色が好きなんですね…私も好きです」

彼女の手のなかで栄える淡い緑のシンプルなハンカチ。
端には桜の花びらの刺繍。

「良かった…あと俺のこと殴って、本気で思いっきり」

ハンカチを見ていた視線が俺に向けられた。

「なにを…」

「自分が許せねーんだよ…あの時アンタを殴ったことが。
無かったことにしたい…だから殴って…」

彼女の言葉を遮るように俺は続ける。

「俺は殴られるまでアンタの側を離れねーから」

ハンカチを持っている両手がびくついた。

これが俺のサイテーの作戦。
ここら辺では敗けなしの不良と呼ばれている俺。
実際は何となく喧嘩を吹っ掛けられることが多いだけで噂だけが独り歩きしている状態。
それを利用することにした。

こんな優しいヤツが人を殴るわけない…
殴ろうと思っても札付きの悪、仕返しなんてするはずないが、
そう思って手を出すはずもない。
あの時、俺の振るった暴力を無かったことにするなんて、
絶対にしない。
俺が俺を許さない。
だけどきっかけにする言い訳がほしかった。


「あの…私の側にいてもなにもおもしろくないですよ」

ふわりと顔を上げた前髪の隙間から、
ギリギリで見えた笑顔に、
今まで他人と関わるのを極端に嫌い、人に無関心だったはずの俺が、
唯一誰にも渡したくない、俺だけのものにしたいという独占欲を掻き立てられた。

俺は目の前の黒縁眼鏡の前髪女に恋をした。


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