夏の気配がジリジリと近づく6月のとある下校途中。
いつものメンバーで歩く帰り道。
冬吾がいちるに話しかけた。

「いちる!前髪切らねーの?その長さで暑くねーの?」

前髪の長さから暑さを醸し出していたいちるに冬吾がねーの?ねーの?と切り込んだのである。
いちるは苦笑いだけで何も言わなかった。
しかし鈍感な冬吾は言葉を止めない。

「前髪長いと目がどんどん悪くなってくぞー!!
せっかくコンタクトにしたんだからさ!!
夏だし切れば?」


それを聞きき、はっとしたいちる。
冬吾は自分の視力の心配をしてくれている!
絶対に違うだろうと思うが、
他人の行為を素直に受け止めすぎるいちるは感動していた。

「わ…私の視力は大丈夫ですよ!これ以上悪くはならないと思います……
いや…悪くさせません!
安心してください!」

「努力でどうにかなるもんなのか?ま、いちるが言うなら…
でもさ、うっとうしいだろ??」

結局前髪の話題をぐるっと一周し、
また同じ会話を繰り返す二人の後ろを永遠と天音がついて行く。
冬吾がいちるの横にいるのを許している天音に珍しいこともあるものだ、そう感心しながら隣にいる金髪を見つめた永遠。

しかし彼の目に映ったのは、
今にも襲い掛かりそうな鋭い殺気を放ち、前にいる冬吾をこれでもかと睨み付けている天音だった。
一瞬呆れもしたが、いちるにとっては大切な友達との会話。
割って入るのを我慢をしているのだと内心で苦笑いした。
その視線をすかさず察知した天音は、

「んだよ…おめーが犬の鎖を引いてねーからこーなるんだろうがよ…」

「たしかに冬吾は犬っぽいよな。でも首輪に鎖を付けた覚えはないよ。
あれはあれで自由だから。
それより天音のお姫様をお城から出さないようにすればいいんじゃないのかな?」

ぐうの音も出ない天音は、小さな声で永遠に話しかける。

「…………いちる。まだ俺のこと友達だって…」

この気弱な発言を聞き、
内容が内容だけに永遠も真剣な表情へと変わる。

「そっか…。ところで一応聞くけど告白したの?」

きょとんとした天音は永遠を見て真剣に言った。

「おい…告白ってなんだ…?」

白目をむきそうになった永遠は、そりゃ…恋人になれるはずなんてないだろう…と思った。
心の声をきちんと潜める事が出来るあたりが大人である。

「告白知らないってすごいな。今まで付き合ったことあるでしょ?
されたことあったんじゃないの?」

「………女と付き合ったことなんてねーよ」

は?とクエスチョンが頭の中を駆け巡る永遠は、
思ったことを素直に言った。

「天音って童貞?」

「に、見えるか?」

「…そんなわけないか」

永遠は困ったように笑いすかさずアドバイスを授ける。

「まぁ、告白は俺の恋人だぞ!っていう宣言みたいなもんかな。
友達っていうのとは関係がまた複雑だから、
確認の意を込めてね」

「…………宣言…か…」

永遠の有り難い言葉を繰返し呟きながら、
天音は何を思い立ったのか、いきなり前方の二人の元へと走った。

「ここでやるんだ。ちょっと言葉が足りなかったかな?」

独り言を吐きながらも面白そうだとワクワクしながら後を追った。
前を向いていた冬吾の右肩を掴み、
自分の方にを向かせる天音の凄い剣幕に、
なんだなんだと慌てるいちる。
喧嘩を始めるのではとヒヤヒヤおろおろと目を忙しなく動かす。

「おい冬吾…。いちるは俺の恋人だ。
いい加減離れろ…ブッ殺すぞ…」

いちるちゃんすっ飛ばして何で冬吾に宣言してんだ!
笑いを堪えるのに必死な永遠は本当に恋人のなり方を知らないんだなと、
天音が可愛く思えた。


「……あの……私たち恋人だったんですか…?」

一瞬にして場が凍りついた。
いちるの発したたった一言で。

「……今からそうなった…」

そう言い終わる前にいちるの手を引っ張り自分の方へ抱き寄せる。
ちょっと待ってくださいと、いちるは天音の拘束から抜け出そうと必死になった。
それを見た冬吾は冷静に言った。

「いちるちゃんは天音のこと好きなの?」

ピタリと動くのを止めいちるは下を向いたまま。

「沈黙ってことは天音、残念。
いちるちゃんは恋人にはなりたくないんだってさ」

「……いちる…?」

天音は不安げにいちるを呼ぶ。

「釣り合いがとれないですよ」

凛とした声がその場に響き、
風でなびいた前髪の隙間から、
ふわりと笑ったいちるの表情に胸を締めつけられたのは天音だけではなかった。



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