次の日の朝。 登校時間が近づく午前7時50分。
ドンドンと必ず二回。 いつもと変わらないリズムと回数で玄関の扉が叩かれる。 姫野くんはその癖に気づいているのでしょうか。 彼を待たせてはいけないと私は、準備していたカバンを持ち靴を履き扉を開けた。
今日は…今までとは少しだけ違う。
「おはようございます」
「…はよ」
挨拶の後、姫野くんから手を握られアパートの階段を下り学校へ向かう。
「私たち…友達になれたんですよね…」
発した言葉で昨日のことが夢ではなかったと改めて嬉しくなる。
…あれ…沈黙? 右側にいる背の高い彼を見上げると、 眉間にシワをよせた少しだけ機嫌の悪い顔が前を真っ直ぐに見つめていた。 言ってはいけないことを口にしてしまったのかと、 途端に青ざめた私は頭の中で謝罪文をフルスピードで考える。 急げ急げ…早く謝るんだ。
「あっ…………あの!すみません…いちいち確認されたら鬱陶しいですよね。 朝から昨日の続きなんて…す…」
すみませんと口に出そうとしたとき、 それは突然やって来た。
くいっと手を引かれ右側に傾いた私の体。 反射的に上を見ようとした、その時。 姫野くんが目の前にいた。 近いー!!と思う時間もなく口唇に柔らかい感触。 自分の前髪越しに見えたのは彼の金色の前髪。 口唇に当たった感触がなんだか…なんだか… 叫びだしたくなった。 きっと言葉にならない言葉を大声で。 硬直する私から離れていく、 彼の口唇に彼の顔に彼の髪の毛に、 その行動の全てにパニックになった頭と体は、 友達の定義とは何かを必死に訴えかけていた。
「友達…でも…えっと…その…あの…友…友…」
意味不明な言葉を吐きながら…。
「いちるは友達友達うるせーの。あと謝り過ぎなのもうるせーの。言うたんびにキスすっから」
ニヤリと笑う彼の眩しさになぜか顔が熱くなっていく私を彼の手が、 遅刻するぞと学校への道を引っ張って行った。
キスされたキスされたキスされた…を無限ループする頭の中から出られなくなった私は、 もう姫野くんの姿をまともに見れずに学校の門を通過。
もうすぐ私の靴箱だ…と顔を上げた所でいきなり立ち止まった姫野くんの背中にぶつかった。
「お前らぁ…またいちるにちょっかい出す気か?今度は手加減なんてしねーぞ…」
物騒なことを言い出した姫野くんにびっくりした私は、 彼の大きな背中から身を乗りだし前を見るとそこには…。 昨日屋上で姫野くんに殴られたアッシュグレーくんとレッドブラウンくんがいた。 二人は頬や腕に湿布、目が腫れているのだろう…眼帯もしているし顔も痛々しく腫れている。
「ひ、姫野くん!!落ち着いてください!」
登校時間中の人の多い靴箱の周りは、これから一体何が始まるのかと足止める生徒で一段と騒がしくなってきていた。 ここで暴力を振るえば必ず先生に見つかってしまう。 姫野くんも心配だけど、あの二人もケガをしているしこれ以上傷ついてほしくない。 間に入ろうと姫野くんの手を振りほどき前に飛び出した。
「いちる!!」
私の名を呼ぶ姫野くんの声を遮るほどの大きな声が、 フロアに響き渡った。
「いちるさん!この前は本当にすいませんでした!!」
土下座しそうな勢いで頭を下げ謝罪する二人に、私はどうしてよいのか分からずにオロオロするしかなかった。
「………あのあの!頭を上げてください!私は気にしていませんから…」
すると二人は顔を上げアッシュグレーくんが白い封筒を私の前に差し出した。
「この前の眼鏡の修理代です!足りなかったら言ってください!」
……貰っても良いのだろうか…。 後で返せなんて言われたらどうしよう… 少し怖い…。
「俺が立て替えてたからこれは俺が貰っとく」
ずいっと横に出てきた姫野くんは素早く封筒を取った。
「いちる、靴履き替えたら行くぞ」
はい!と返事をして自分の靴箱に向かい履き替えると、 次は姫野くんの靴箱へ向かう。 アッシュグレーくんとレッドブラウンくんの前を通り過ぎる時。 二人は律儀に頭を下げていた…。
姫野くんとは私の教室でお別れした後、 始業のチャイムが学校中に鳴り響く。
まだ一日が始まったばかりなのに… もう疲れ果ててしまいました…。
そしてこの後、 お昼休みに賑やかな人達が、 私を取り囲むなんて…想像もしていませんでした…。
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