夜が近づく繁華街の一歩離れた路地の片隅。
3人くらいだったか人数は覚えてねぇけど、
喧嘩吹っ掛けられて、抵抗せず好きなだけ殴らせてやった。
結構派手にやられたから意識も息もスレスレの俺は、
その場にうずくまっていた。

超いてぇ。普段なら絶対に殴られたりしない。
でも発作のように突発的に自分を痛め付けたくなる時がある。
他の奴から見たら理解できねーんだろうな…
別にいいんだそれでも。


「ね…大丈夫ですか…?」

控えめな声が聞こえたと同時に俺の頬に触れてきた手を掴んで、
そいつを殴りつけた。

「俺に触んじゃねぇよ…殺されてぇのか…」

掴んだ手首が細いと思った時には、
殴られた勢いで狭い路地の壁にぶち当り、
ドサッっと倒れこんだ肉の塊。

俺に触れたお前が悪いんだ。

そんな言葉を吐き捨てて俺はまだフラつく足取りで、
その場を後にした。
倒れたヤツがどうなったとか気にも止めなかった。

それから一ヶ月程たった夕暮れ時。
また例の発作を起こし今度は学校帰りの公園で、
子供は帰った後で誰もいなかったからとか、
ぼんやり思わなかったような思ったような俺は、
やはり殴られて水のみ場の横に倒れていた。

「大丈夫で…すか?今日は触りませんから大人しくしていてください」

声が聞こえて頬に当たったのは濡れてひんやりした布。
俺の傷を気遣うように優しく押さえるその手に、
ひどく泣きそうになった。

この声は確か前に殴ったやつの…
また俺に殴られるかもしれねぇのに…
何でまた助けようとしてくれるんだよ…

ヤバイ泣いてしま…う。


「あまねー。こんなとこにいたの。ほらほら立った立った。
みんなスケアに集まってるよ」

いつも聞き慣れたクソみたいな声が鼓膜を揺らした。
幼馴染みの蒼生。
出かけていた涙も引っ込んでいった。
蒼生に見られた日にゃ恥ずかしくて生きていけねー。

「じゃあこれ…」

そう言って布を俺の手に素早く握らせ、
そいつは走って消えて行った。
隣から居なくなった空間に俺の体温と、
さっきまでの気持ちが少しひんやりと冷えてしまったようで淋しくなる。

手に握った布は淡いピンク色の無地のハンカチ。
でも俺の血で汚れたそれ。

「あの子確か、C組のいじめられちゃんじゃん。名前は忘れたけど…
ある意味有名人、あまね知り合い?」

肩に腕を回し俺を立ち上がらせながら蒼生は、
不思議そうに俺となぜアイツが一緒にいたのか興味ありげに聞いてくる。

「この前殴った。それだけ」

女の子殴るなんて鬼畜ー!!サイテー!!と叫ぶ。

「うるせーな…殺すぞ。それと直に俺に触るなよ」

「はいはい殺すのは怪我が治ってからにしてよね。
何年一緒にいると思ってんのー!触らないよ」

そして俺たちは暗くなり始じめたいつもの道を歩いていく。

ただ俺は握りしめたハンカチを、
返したくないと思っていた。
でもアイツに会いたくて。
生まれて初めて謝ろうと思った。

声を掛けてくれたのに
殴ってごめんな、と。

それから3週間目の今日。
アイツに会いに行く決心が決まり放課後、C組へと向かう。
さっきまでいた屋上で蒼生から言われた言葉を頭の中で復唱する。

「あまねは嫌でも有名人だし、あの子からしたら第一印象最悪だからね…
できるだけ怖がらせないように優しく優しくね」

あの無地だったハンカチは俺の血がついて取れなくなってしまい、
同じ物も見つからず新しいやつを買うにも迷いに迷い今まで時間がかかってしまった。
そしてあのハンカチは俺にくれないだろうか…とか新しいハンカチは気に入ってくれるだろうかとか考えていたら渡すのも謝るのも大分遅くなってしまった。


C組の教室の扉を勢いよく開ける。
バンっとデカイ音をたててしまう。
ゆっくり開けようとしたら緊張から力が入り過ぎてしまった。
早速失敗…か…。

そんな浮かれた考えをしていたことに、
俺は後悔することになる。
なんでアイツにもっと早く会いに行かなかったのかと…。

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