姫野くんはその場にドサっと胡座をかいた。 多分…私が頬を殴りやすいように…。 それにひるまず心に気合いを入れて足に力を込める。 大丈夫…ちゃんと出来る…ちゃんと言える。
「…姫野くんは前に言いましたよね…俺は殴られるまでアンタの側を離れないって。 だから私は…本気で殴りますから!! 殴らないから私の側にいてくれるなんて嫌です!! そんな決まりごとなんてなく…ちゃんと友達になってほしい!」
最後の言葉を聞いて目をつむっていた彼が目を開いた。 手を振りかぶっていた私は危ない!!と思いつつも勢いのついてしまった腕をとっさには止めることができず…。
バチンと綺麗な音が鳴り響く。
「グーじゃなくて…パーかよ。それ…殴ったうちにはいらねーよ」
姫野くんはそう言うと、さっきとは全然違う嬉しそうな顔で笑った。
私の平手は彼の目に入らなかったようでほっとする。…良かった…怪我させなくて…
叩かれた頬をニヤニヤしながら擦っている姫野くん。 実はすごく痛いんじゃあ…やせ我慢してるのでは…とっさに青くなる私。
「ひ、姫野くん!頬冷やしましょう!!」
彼の手をとり立ち上がらせようとしたが、胡座をかいたままの彼は全く足を使う気がないようだ。 すると彼は私を真顔で見つめたまま両手をズイっと前に差し出した。 なんだろうか…この手は…。
「んっ…んっ」
口をつぐんだまま短い言葉をこぼしながら手を軽く振る。彼の不可解な行動に私は少し困惑。
立ち上がらせろってことか!……な? 私は彼の両手を握る。
「これが正解ですか?」
聞いた私に嬉しそうに彼は頷いて「引っ張って」と。
……なんだか可愛いなぁ。と思ってしまう。あれ?男の人なのに可愛いって変かな?
よいしょ!と彼を立たせて、そのまま玄関へ行き部屋に入ってもらう。 頬を冷やす氷を準備しようと冷蔵庫に向かおうとして姫野くんに呼び止められる。 彼は手に持っていたレジ袋を「ほら」といって私に差し出した。
「あ…これ」
私の好きなお店のメロンパン…。
「公園で翼の母さんに会って…いちるにって渡された…メロンパン好きなのか?」
「はい…ここのメロンパンとても美味しんですよ…一緒に食べますか?あ!氷が先です!」
背中を向けた時、彼から腕をつかまれた。 なんだか胸の中が忙しない… なんででしょうか…?
「冷やさなくていい。痛くねーから。それより…さっき言ったの本当…?」
友達になってほしいっての…
振り返って見た姫野くんは恥ずかしそうに頭をガシガシかきながら、こちらをじっと見つめている。 何かを期待しているようにみえた…。 これはやっぱり…彼も…。 ちゃんともう一度伝えたい…今度は私が姫野くんから貰った優しさを返したい!
「はい…本当で…す。私は姫野くんに助けてもらって、いっぱい優しくしてもらいました!! ……あっ!嫌だったら拒否してください! でも!でも!最後まで言わせてください! 私は姫野くんに貰った優しさを倍に倍にしてお返ししたいんです。 だから…殴らないからとか…そういうのを取っ払って…姫野くんの… …あなたのちかくにいても…いいですか…?」
もうメチャクチャだったけど、でもちゃんと言葉にして自分の気持ちを彼に伝えられた。 こんなに嬉しかったことなんて初めてで…。
「まさか…先に言われるなんてな」
姫野くんに腕を引っ張られその勢いのまま彼の胸に埋まる…。
これは…
「あの…これは友達になってくれるってことですよね…?」
はっきりとした確信の言葉が聞きたくて、埋めた顔もそのままに彼に問いかける。
「……………あぁ」
長い沈黙の後、聞こえた短い返事は。 これから始まる彼との新しい関係の合図だった。
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