真純くんの手を離し、ひらすらに走っていつもの公園に行ってみたけれど、 そこには誰一人いなかった… 夜の公園を外灯が照らす。
ここに取り残されたのは大切なモノを傷つけてしまった私だけ。 愚かな私に罰を与えるように公園は外界から遮断されたかのごとく、 ただ…ただ静かだった。
「一回家に帰ろう……」
誰もいないのに自分自身に話かける。 制服を着替えてカバンを置いて、そしてまた姫野くんを探しに行こう…。 とぼとぼと家までの道を歩きながら、いつもは姫野くんが隣にいてくれたな…って思って自然と視線が右側にいく。 盗み見がバレないようにコッソリ背の高い彼を見上げていた。 でも彼は絶対に気付いて…あんまジロジロ見んなよ…って笑ってくれてた。
歩いている自分の歩幅を考えてみて、そういえば姫野くんはいつも私の隣にいたな… 背が高いから足も長いし男の人って歩くの速そうなのに…
あぁ…私に合わせてくれてたんだ…。
今隣にいない温もりがどんなに私を優しく支えてくれていたか。 今日は"今さら"に気づかされることばかりで心が重くてたまらない。
姫野くんのことを考えて涙が出そうになった…。
物心つく前から母さんに泣かないようにきつく言い付けられていたから、どんなに悲しくても痛くても泣かないでいられるようになった。 生活の日常の慣れというものは恐ろしい。 それが普通になっていたんだから…。 泣きそうになる日がくるなんて…姫野くんに占める心の割合が多く大きくなるにつれ不安になる。
でも泣いたらダメだ…涙をこぼしてはダメ…。 もしこんなところを姫野くんに見られたら嫌がられてしまう。 両頬をバチんと叩き気合いをいれた。
そんなことをしながらいつの間にかアパートの前に着いて、溜め息を吐きながら二階への古い階段を登っていく。
玄関の前に…いた。
大きな体を丸めて体育座りをして膝頭に顔を埋めている。 右手に小さなレジ袋を持っている。 何が入っているのかな… 手の甲に貼られた絆創膏。屋上で怪我をしている手から血が滲んでるのに気付いてた。男の子達を殴った時のものだと思った。 姫野くんが傷ついているのが怖くてこわくて堪らなかったのに…
学校にいた時は黒だった髪の毛が今はいつもの金色に戻っていて、いつもの姫野くんがここにいた。
ビックリして嬉しくて思わず気持ちのままに走り出して行きそうになって、思い出す。 ……姫野くんを傷つけたことを。 嬉しがっててどうする…きっと怒ってる。 一生懸命謝らないといけない。 そして…誠心誠意を込めて彼を殴るんだ。 静かに姫野くんの正面に立つ。 震える足…頑張ってください!
「……ひ、姫野くん…」
緊張でまた瞳が潤んでしまうのを感じる、けれど逃げるな…泣くな…勇気を出せ…
私のかすれた声に反応して顔を上げたと思った姫野くんは凄い勢いで立ち上がり、私の目の前は真っ暗になる。 背中に回された手を感じて抱き締められていると認識するのに…少し時間がかかった。
…………え!?え!?え!?
「あの!あの!あの!ひ、姫野くん!!何してるんですか!!」
私はあまりの精神的衝撃でパニックに陥った。
「いちる!俺…が…いちるに迷惑かけてた…守ってたつもりだったのに…ごめんな」
私を離さないままに彼は悲しい声色で、ごめん…ごめんと謝った。 それが嫌で私は彼の胸を思いっきり押して離してくれと行動で訴えた。 離れていく両手に…消えていく温もりが私を追いつめていく。
「……いちる?」
「私…姫野くんを殴ります…」
目を見開いた彼。でも一瞬で悲痛な表情に変わり…
「……あぁ、思いっきり頼むわ」
自嘲気味に笑った。
その笑顔は心が鷲掴みにされるほどに 綺麗だった…。
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