只今土曜朝9時。いちる宅玄関前。

インターフォンが壊れているのでドアをドンドンと叩くと、
中からガサドサと音がして、いちるが出て来た。

「おっ…おはようございます…お待たせしました!」

着古した感じの灰色の薄いパーカー。黒のパンツ。この前俺があげたスニーカー。
ついつい顔がニヤけてしまう。
それよりも…。

「いちる…お前。前髪…」

あれだけ必死に隠していた前髪をピンで留めている。
昨日からコンタクトにしたいちる。
その瞳はとても青く宝石のように輝いて、見惚れてしまう…。

「あ…翼君と会うときは前髪を下ろしてたら叱られちゃうんです…」

翼君…。そいつにはいつも顔を…瞳を見せていると思うと、
俺の中の真っ黒な気持ちが溢れて止まらなくなる。

「…あっそ。そろそろ公園行かなくていいのか?時間過ぎるぞ」

「本当ですね!急いで行きます!」

翼…待ってろよ…。いちるは渡さねぇからな…。
にしても朝9時に待ち合わせとは…。
早すぎねぇか?店だってどこも開いてねぇだろう。
最悪に不機嫌な俺は、先を歩くいちるの後ろをついて行く。
時々振り返りながら俺を確認するいちるが可愛い。
まぁ…早く歩けと思ってるんだろうけど。
今日は顔を出してる…。
それだけで沈んだ気持ちも少し浮上する。
顔は小さく瞳は大きく…見るからに西洋人のハーフだろう。
どおりであの肌の白さか…。

いちるを眺めながら歩くと公園についた。
ここは2回目に会ったハンカチをくれた場所。
何だか懐かしく感じるな…。

「翼君!!」

ボケっとしていたら、いちるはいつの間にか公園の中へ走っていた。
しまった!!待て待て!!
俺のいちるに触るんじゃ…

「いちるおねーちゃーん!!」

そこに居たのは…6才くらいのヤローと4才くらいの女の子だった。

いちるは嬉しそうに満面の笑みで子供に近付いて行った。

「いちる…まさかコイツが翼…?」

「そうですよ。今年一年生になった翼君と妹の歌凛ちゃんです」

………子供かよぉ…。
蒼生に知れたら爆笑されてしまう…。
この事は絶対知られないようにしよう…。
呆然としている俺の前に生意気にも翼が仁王立ちしている。

「…んぁ?なんだテメー。ガンくれてんじゃねーよ」

「いちるおねえちゃんに近づな!!俺、知ってる!こいつヤンキーっていう奴だ!」

近づくな、だと?
子供嫌いな俺の心は、自分が思っていたよりもさらに器が小さかった様だ。
翼をひっつかもうとした時。
いちるが翼の頭を撫でながら言った。

「この人はね…姫野天音君ってお名前で。
困ってた私を助けてくれた…正義の味方なんだよ。
すごく優しくて暖かい人なの。
髪の毛も太陽みたいでしょ?
姫野くんはね…翼君みたいに私や歌凛ちゃんを守ってくれるよ」

俺のことを優しくて太陽みたい…。
そういって笑ってくれたいちるは…。
少し悲しそうな顔をした。
その理由が知りたくて声をかけようとしたら、

「いちるおねえちゃんが、そこまで言うなら遊んでやってもいいぞ!あまね!」

ビシッと俺を真っ直ぐ指をさすクソガキ。
ついでに呼び捨て。

「生意気なクソガキには仕置きが必要か…!」

俺と翼の追いかけっこが始まった。
それをいちると翼の妹は楽しげに見ていた。



そんな事とは知らずに公園の外から覗く二つの影…。

「ぷぷ…!あまねが子供と追いかけっこしてるよ!ムービー録らなきゃ!」

スマホ片手に蒼生が笑う。

「まさか…あの天音が。朝早くに…しかも休日!蒼生、あのいちるって子何者?」

光馬もケータイで写真を撮っている。

「あまねが唯一触るのを許した子かな。俺も話した事ないから、よく知らないんだよね。
あっ!いちるちゃんが前髪あげてる!いつも顔隠してんのに」

光馬は撮った写真を拡大してチェックしながら呟いた。

「ん?あの子…目の色が…すんごい青い…カラコン?」

「いやー。多分生まれつきでしょ!だから顔隠してたのね。納得…」

さて写真も撮ったし、腹も減ったのでファミレスに移動することにした蒼生と光馬。

その間も天音と翼の追いかけっこは昼前まで続いた。






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