キス


仮病とは知るはずもない朗朗は、
IQを抱えてお得意の魔法で、
あっという間にアトリエへ到着。


「IQ、大丈夫??俺、取ってくるから薬どこ?」

アトリエにはベッドは無いので、
取り合えず広い作業台の上にIQを座らせた朗朗。
IQはこんなにも朗朗が心配してくれるとは思ってもいなかったので、
仮病だと言うタイミングを図りつつ、
罪悪感を感じはじめていた。
ショコラの伝言を無視しておけば良かったかもしれない…と心内で少なからずも後悔。


「おい!本当に大丈夫か?!」

ボケっとしていたから、
俺を心配してくれている真剣な朗朗の顔が目の前にあったことに気づかなかった。

朗朗とは、こんなに人を心配出来る奴だったっけ?


ここだ!ちゃんと言おう、仮病だったと。
引きずるのは良くない…。


「朗朗、体調悪いのは嘘なんだ。仮病」

もう足止めをするのは無理だと判断した俺に

勢いで後ろに倒れるかと思う程に力をかけ、
俺の両肩を思いっきり掴んだ朗朗。


「はー?仮病って俺を騙してたの…?」

合わせた目は思っていた以上に怒りが滲んでいて、
朗朗の赤い瞳が俺を射ぬく。


「ごめんな」

とりあえず素直に謝り下げた眉で、
俺の申し訳ない気持ちが伝わるかと思ったが、甘かったようだ。
朗朗の虫の居所は予想以上に悪かったらしい。


「…IQが仮病使うって何ソレどーゆーこと?」

ここでショコラの名前を出せば、
後でショコラがどうなってしまうか心配だ。
でも嘘をつくのも嫌だしな…
どーするかな…
悩んだ末に俺は話題を転換することにした。


「朗朗お前が企んでたのはドクロを殺す計画だったのか」


「あー今、俺の質問はぐらかしたねぇ。
どーしてかなぁ?」


言わないと悪戯しちゃうよ


その声が聞こえた瞬間、
ドスンと作業台の上に押し倒された。
俺の両手首は朗朗の大きな手のひらに捕まり、
股の間に朗朗の右膝をはさまれ身動きがとれない。
その間にもゆっくりと近づいてくる朗朗の顔。

何の感情も持たなくて、
ぴくりとすら動かない表情に無性に腹が立ったのと同時に、
俺の中がじくりと動いた。


「お前がドクロを殺したがっていようがいまいが
俺には関係ない。
お前は俺に何も話さないからな。
だから俺がお前に話す理由もないだろう。
お前の心の中に…俺が入れるスペースなんてないんだろうな」

最後に自分でも思ってもみない言葉が出た。
なんだよ、俺が朗朗に何も話してくれないことに拗ねてるみたいじゃん。
俺らしくもねーな…。
冷静に頭で考える間にも握られた手首に、
さらに力がこもるのだけが切り取られたように、
リアルに俺の中で浮かび上がっている。

見据える朗朗の顔が熱を持った手とは裏腹に、
ゆっくりと俯いていった。
さらりと垂れる黒髪に無意識に魅かれる。


「逃げないから、手を離せ」

俺のお願いは朗朗に届き拘束が解かれた手首には、
くっきりと赤い痕が残っていた。
押し倒されたままの状態で、
俺は朗朗の頬に両手を添え下を向いて見えなくなってしまった顔を、
ゆっくりと上げさせた。
その表情に心が細い針のようなもので、
つつかれたように僅かに痛みがはしる。

教えて…これはなんて感情?


「なんて顔してんだよ、らしくもねーな。
気色悪い」


穏やかに笑った俺に朗朗は言った。


「気色悪いはひどいくない?」


「ほんとのことだろ。で、話してくれるのか?」

作業台からひらりと降りた朗朗は、
俺の手を引っ張ってまた最初の体勢に戻してから、
不安そうに肩をすぼめる。


「話しても俺を嫌いにならないならいいよ」

叱られた犬のように俺を見る。
でっけー犬だな、あーこいつ狼だったな。
そんなことを思いつつ。


「最初から好きじゃねーけどな。
でも話してくれたら嬉しいよ」

そう笑って伝えると、
朗朗ははにかみながら、


「IQ大好き」

なんて言うもんだから俺の顔が熱くなった。
好きって言われて嬉しくない奴なんていない。
このときの朗朗は、いつも接するやつとは違った気がして。
なんだか甘えてくる感じに、
変なくすぐったさを覚える。

朗朗は、すっと俺の両手首を軽く持ち上げて

赤くなった箇所を申し訳なさそうにゆるりとさすりながら、
ごめんね。と言った。

驚いた。
朗朗が謝るなんて…

朗朗という人物は、
謎だらけで周りのやつらを寄せ付けない。
本心は見せずに飄々と振る舞ってみせる。
時々笑うその瞳は狂気じみていて、
気味が悪い時すらある。
もしかして本当の朗朗は、
知っていることの方が少ないから、
俺が思っていた人物像とは全然違うのかもしれない。


「ねぇ、手…握っていーい?」

手首を触っていた朗朗の指は、
いつの間にか俺の指先や爪や手のひらを好き勝手に触っていた。
その心地があまりに優しくて俺はいいよと頷いた。


「ありがとう…本当は俺なんかが触っちゃダメなんだろーなぁ…」

淋しそうに呟いた朗朗は、
悪魔の世界に生まれた時からの冷たく暗い過去をぽつりぽつりと話はじめた。

日が傾きもう外が暗くなる時間、
朗朗の話しは終わった。


「俺さー、もう真っ黒なの。
分かってるけど引き返さない。
もう後悔もしない」

握っていた手が俺の手からすり抜けて、
朗朗は自分の胸をぎゅっと掴む。

俺は作業台から降り、
朗朗の胸に握りしめる手に両手を重ねた。


「黒くても、それがお前だろ。
好きなようにやれ。
俺は止めない。
けど、どんな結果になっても俺の所に戻ってこいよ」

言い終わり俺は朗朗の頬をひっつかまえた。
驚いた朗朗は無視し、
背の高い奴の顔を自分にぐっと寄せて、
キスをした。

離れていく朗朗の顔、
暗くなった部屋の中でも分かるほど真っ赤に染まっていた。


「もう好き、大好き、どうしよう」

笑う朗朗はとてもとても嬉しそうで。
俺はこいつに幸せになってもらいたいと、
心の中で強く願った。


そのあと、
一応足止めの件でショコラの名前は出さなかったが、
頼まれたのが今日の朝、伝言で。
とだけ話したら、
朗朗は犯人の心当たりがあったようでアトリエを出ていった。

俺はまだニッカが帰って来てないのに気付いて、
ビスケットの庭へ向かった。


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