本心
所変わってビスケットの庭では…
一体何が起こってそうなったのか、
看守に連れられている囚人みたく登場したのは、
先程ニッカのハンカチを届けに行ったはずのポルカだった。
隣のニッカは苦笑いでこちらを見ている。
ビスケットの庭には俺、IQしかいなかった。
ポルカがハンカチを届けに行った後、
ノバリとドクロはまた不思議な森に、
ポルカの斧を探しに行くと張り切って出発したし、
ビスケットは市場へ買い出しへ。
何だか面白いような面倒くさいような予感…。
初めて見る奴がニッカ達と共に俺の座っているベンチへ近づいてくる。
「IQ…こちらオルガ。
ドクロを殺すつもりは無いらしくてですね。
会いたいだけだからというので連れて来ました」
何やら言わされてる感が強いポルカの標準語。
幾分疲れた表情に、あの短時間で何があったのか少し心配になってきた。
「俺はIQ、今ここには誰もいないよ。
ドクロはさっき出掛けたから夕方には帰って来ると思う」
この魔女は得体のしれない奴だから警戒するにこしたことはない。
ただ疑問がひとつ。
「なぁ、アンタはなんでここに入れたんだ?」
死に近い者しか入れないJEMMY。
この魔女が死にそうには見えない。
するとオルガは無表情に淡々と喋る。
「ここは死に近い者しか入れないんだったな。
隠すことでもないからな。教えてやろう。
昔、沢山の命を奪った。時には喰ったりもした。
私が死なずとも私の中で死んでいる魂に、
この場所が反応し私を死に近いと判断したのではないかな」
何を喰ったのか…想像するだけで気分が悪くなる。
だが聞いていた割には嫌な雰囲気は感じない。
言葉使いに冷たさを感じるのは只、
口数が少ないのと上から目線なだけだろう。
「ドクロに復讐しに来たんじゃないなら、
ドクロに何の用があるんだ?」
詮索する気は無いが、夕方までここにいるのなら、
会話の種くらいまいても良いだろう。
「そこに座らせてもらう。コウモリ、案内ご苦労だったな。
IQと言ったか。
私はドクロに用があるが、その内容を話す義理はない。
が…頼まれ事だとだけ言っておこう」
必要がないというよりは、
言えないといった所か。
「朗朗に何を頼まれてるのー?」
ポルカが横やりを入れる。
朗朗が関わってるのか…。
オルガと朗朗はグルか…?
オルガは魔女の呪いを解ける魔女だったな。
ドクロに用事ということなら、
朗朗が頼んだのはドクロの呪い解除…?
「ドクロは呪いにかかってるのか?
それを解きに来たって?」
俺が思ったことを口に出してみた。
オルガの反応はどうだ…?
「私は何も言ってないぞ。朗朗」
オルガの先程とは違う少し大きな声で、
庭の入り口に目を動かした。
すると黒い煙から朗朗が現れた。
この魔女は朗朗の気配が分かるようだ。
素直に感動し、その極意を学びたくて仕方なかった。
後でこっそり聞いてみよう。
「ダメじゃーん!もうバレバレ!つか勝手に動き回らないでよー!」
「謝るつもりは無いぞ。私は悪くない」
なんでバレたんだろーと言いながら、
さりげなく俺の隣に座る朗朗に、
殺意を覚えながらも持っていたピストルに手を伸ばすのは、
ギリギリで持ちこたえた。
「バレるに決まっている。昔交わした私とお前の契約の証人がいるからな」
オルガはうんざりした顔で、ポルカを見た。
「そういえば、賢い方のコウモリは何処に行ってるんだ。
挨拶だけはしておいてやらないとな」
きょろきょろと辺りを確認するオルガ。
「ちょ…待て待てっ!
あの時の証人のコウモリ2匹は、
お前らだったのか!
もー!先に言えよなぁー!」
朗朗が悔しそうに声を荒らげた。
となるとあの時の…とか。
ショコラの奴…とぶつくさ横でゴニョゴニョ独り言を、
止めどなく垂れ流している。
そして、もー!!と文句を言いながら立ち上がり、
俺の隣から離れる。
移動していく朗朗の後ろ姿を見ながら、
こいつは本当に何を企んでいるのやら…。
俺はため息をついた。
そしてオルガがさらりと発した言葉で事態は急変する。
「朗朗、貴様私がドクロを殺そうとしていると言っていたようだな。
何のつもりだ。殺したがっているのはお前の方だろう。」
その場全体がオルガの言葉で固まった。
瞬間、朗朗の体から黒い炎が上がる。
前にドクロが庭を破壊したときのようだ。
「オルガ…ここで灰にされたくなければ黙ってろ」
「ふん。いいだろう。契約破棄とみなす。
雷の国の情報など、貴様に頼まん」
言いながらオルガは無駄ひとつない綺麗な所作で立ち上がり、
右手に緑のマジックハンドを構え、
「かかって来い」
と朗朗を挑発。
俺は唖然としながらもポルカとニッカを見つめると、
ポルカがジェスチャーしてきた。
訳すとこうなる。
朝頼んだショコラからの伝言、朗朗の足止め!
そう朝、ポルカから頼まれていたのを、
すっかり忘れていた。
「次に朗朗が来たとき、IQ時間稼ぎして、
朗朗を足止めしておいて欲しいって。
ショコラが」
朝食時にこっそり耳打ちされた伝言。
オルガと朗朗の喧嘩が始まり、終わればすぐに朗朗は煙に紛れて消えてしまう可能性が高い。
えー、なんで俺はこんな役ばかりなのだろうか…
意を決して一代演技!頑張れ俺!
息を吸い込み、
「いたたたたた!!!誰か助けてくれ!」
そう。仮病である。
まぁ誰も食いついてくれなければ、ショコラには悪いが俺に足止めする価値はなかったってことだ。
「IQ大丈夫か!!!」
思いの外、がっぷり食いついてきた朗朗。
殺気まみれの炎はなくなっていて、
俺を心配しに駆け寄ってきた。
「最近体調が悪くて…家に薬がある…
連れてってくれないか?」
すがるような目を向ければ、朗朗は頷いた。
元愛玩動物の力は衰えていないようだ。
朗朗は素早く俺を抱えあげ黒い煙にまみれた。
さて庭に残ったメンバーはというと。
「事情があるにせよ…暴力とか人を傷つけるのは駄目ですよ」
ニッカはおそるおそるオルガに近づき、
そっとオルガのジャケットを、
きゅっと握る。
それに面を食らったオルガの右手がビクリと少しだけ揺れた。
優しい瞳で見つめるニッカに、
ふっと本当にほんの一瞬だけ穏やかに微笑んだオルガは、
「驚かせてすまなかったな」
とニッカに謝罪し頭をポンと撫でた。
それを見ていたポルカは、
明日世界が崩壊するのではないかと心配になった。
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