ノバリの決意


博士からもらった4錠の薬がなくなる前に、
ニッカの容態はみるみる悪くなっていった。

IQの家のベッドに横たわるニッカ。
もう体を動かすのも大変なよう。


「こんなに進むなんて…病気って怖いね」


力なく笑うニッカにIQは困った笑顔で、
「そうだな」
と相槌をうった。

トタトタと足音が聞こえ、
ガチャりとドアノブが回り、
開いた扉の隙間から、
ピンク色の綺麗な髪の毛が見えた。


「あ、ポルカ」


ニッカとIQの目線がピンク色に集中する。
なかなか入ってこないポルカにIQが入ってくるように促す。


「…ニッカ、具合どう?」


ニッカのことが心配でたまらないポルカは、
朝早くにやって来て夕方まで一緒にいるのが習慣になっていた。


「あぁ、
まだ生きてるぞ、安心しろ」


IQはポルカに返事をする。
ポルカが、すぐに部屋に入らないのは、
ニッカが生きてるか確認するため。
ポルカはニッカの死が怖くて仕方がないから、
ニッカが死ぬ姿なんて直視出来ない。


「そっか…良かった。
今日の具合は?
昨日より良くなってる?」


ニッカのそばに近寄って話しかけるポルカをIQはほんわりした気持ちで見守った後、
静かに部屋をあとにした。

家を出てタバコをふかしながら、
隣りの家のノバリを起こしに向かう。
ノバリは不眠症で朝起きれない。
だからいつもIQが目覚まし時計代わりになっている。

ノバリの家は鍵がないので、
勝手に部屋に入った、
そこにはいつも布団に潜りこんでいる姿ではなく、
きちんと正座をし、
膝の上で両手に力を入れて背筋をのばし真剣な表情のノバリがいた。


「おはよ、どうした?ノバリ。
滅多にしない顔して」


尋ねたIQにノバリは一言。


「ぼくきめたよ」


そう言って勢いよくベッドから飛び降りたノバリは、
IQの手を取ってビスケットの庭まで走っていった。


ビスケットの庭のいつものテーブルには、
ショコラとドクロ、ビスケットが集まっていた。


「はよー」
「おはよ」
「おはようございます」


挨拶もそこそこにノバリはテーブルに走り、
ダンっとテーブルに両手をつき、

「ぼくの綿毛を全部ニッカにあげる!」


「おいおい、そんなことしてノバリ、
お前の体はどーなるんだ!?」


IQはノバリの提案に不安を感じた。


「それでも多分、病気自体は完治しないと思うよ。
死ぬ時期は延ばせるかもしれない。
けど健康のままでいられる保障もない」


ショコラはテーブルに肘をついて、興味なさげに話した。


「今の悪い状態のままで、
少し長生きできるかもしれない…ってことか」


IQは顎をさすりながら考えを口にする。


「あの時、効果がないって言われたからやらなかった!
でもほんとうは試さなきゃいけなかったんだよ!
何を言われてもしなきゃいけなかったんだよ!」


声を荒げたノバリの力強い言葉で、
みんなは初めて知った。

ノバリの目のクマ、不眠症の理由を。
博士が死んだ時から、
ずっと悔やみ悩み続けていたことを。

自分の思いを大声で叫ぶノバリの声が、
青空に吸い込まれていった。

そんな中、
凛としたショコラの希望の声が、
みんなの鼓膜を揺らした。


「ただ、ノバリの綿毛とドクロの目玉の力があればニッカが助かるかもしれないよ」


庭は沈黙に包まれた。
それを破ったのはドクロの舌打ち。


「オレの力の源をニッカ…人間の小娘に差し出せって?」


笑わせるなとドクロは言う。

それもそうだ、封印されて力は使えないとしても、
いつか使えるかもしれない絶大な魔力をたかが人間のために差し出せと言われたら、
当たり前な話。

みんなの間に温度の低い悲しい空気が流れる。

そう、ドクロの大切な唯一無二なものをニッカにあげることになるのだから。


「でも、ここにいる限りもう力を使うことも、
元の大人の姿に戻る必要も…ない」


ドクロは目を閉じて空を見上げる。
風がそよそよと優しく流れ続ける。
この気持ち良さをニッカが味わえなくなってしまうのは、
あまりに可哀想だと思った。


「ショコラ、目玉使えよ」


ほらよ、とドクロは持っていたノバリ人形をショコラに差し出した。

前の席にいたショコラは目を見開いて驚いたまま、
ノバリ人形を受け取る。


「ドクロありがとー!!」


涙でぐしゃぐしゃのまま勢いよくドクロに抱きついたノバリを、
軽々と受け止めたドクロ。
もうこの体とは永遠にさよなら。
ドクロはノバリを力いっぱい抱き締めた。


「でも、オレの研究も完璧じゃないから、
力も綿毛もムダになってニッカも死んじゃう可能性はあるよ」


それでもいいの?
確認するショコラの瞳も真剣そのもの。


「あぁ、構わない」


ドクロが短く返事をし、
ノバリも大きく頷いた。


「じゃあ、ニッカに説明しにいこうか、
実行するなら早い方がいい」


そしてノバリとドクロとショコラはニッカの所へ向かった。

庭に残ったIQとビスケット。


「なんだか、博士が亡くなって数百年、
どこか暗かった町の雰囲気もニッカが来て少し…明るくなってましたね」


ビスケットがしみじみ言うもんだから、
IQもなんだか感慨に耽ってしまう。


「博士に続きニッカまでいなくなったら、堪えられないな…」


IQも気丈に振る舞っているものの、
一番ニッカと一緒にいるだけあってなんだか妹ができたような気がしていた。

そこへ黒い煙が、
どこからともなく上がり、
IQの背筋に悪寒が走る。


「おんや〜?今日は二人だけ?」


そう言いながらIQを後ろから抱き締める朗朗に素早く振り返りIQは腰のピストルを抜き、
超至近距離でピストルの引き金を何のためらいもなく引いた。
響く銃声。


「もー!!俺じゃなかったら死んでるよ〜!」


瞬間で弾丸をよけた朗朗。
腐っても悪魔。
その力は計りしれず。

離れた朗朗に舌打ちしたIQ。


「お前はいつも絶妙なタイミングで現れるな」


疑いの目をむけるIQに朗朗は、


「何のことやら〜」


とヘラヘラと笑う。


「お前…もしかしてドクロの力をなくす為にニッカを連れて来たんじゃ…」


「IQ考え過ぎ〜そんな都合のいいことあるわけないでしょー
それにドクロの力が無くなろうと俺には関係ないしねー」


IQはそれもそうだと思ったが朗朗のことだ、
鵜呑みにしないほうが賢い。


「なにを企んでる?話せ朗朗」


「だぁ〜かぁ〜らぁ〜何も企んでなんかないって!
ニッカが死んだら少しみんなが悲しむかなぁーって思って連れて来ただけだし、
まさかこんなにJEMMYに馴染むなんて想像もしてなかったてゆーか」


はっはーっと軽く笑う朗朗にIQはため息しか出なかった。


「でもお前…」


言いかけてIQは、こいつに何を聞いても時間のムダだなと判断。
あっそ、と一言朗朗に呟き家に戻ろうと後ろを向いた。
その時だった。

IQをうしろから抱き締めた朗朗はIQの耳元で囁いた。


「ニッカが死んだら…
ノバリの庭のリンゴの木の下に埋めな」


「どういう……っ!」


IQが勢いよく振り返ると朗朗の大きな両手に頬を固定され、
近づいてくる顔。
しまったと思った時には遅かった…。
思いの外長い口付けが終わり、
IQの口唇を解放し離れていく際、
朗朗が言う。


「俺が言ったって喋っちゃダメだからね」


二人だけの秘密ー。って恋人っぽくていいねー!
と高いテンションで、
ふざけたことをぬかしながら、
青い空のもと朗朗は黒い煙の中へと消えた。


「内緒…か…」


口唇を軽く押さえながら呟くIQ。
分かりたくもないが、
朗朗の思考が全く分からないIQは頭を悩ませた。


「仲が良いですね、二人は」


微笑ましいものを見たという表情で言うビスケットに、
恐ろしく疲れたIQだった。

朗朗がニッカを拾って連れてこなければ、
ニッカはゴミのように扱われ、
一人死んでいく運命だった。
ドクロの力を無くす理由でここに連れてきたとしてもニッカの命の恩人であることには変わりない。

長く付き合っているが、
ひょうひょうとして掴めないやつだな。

IQは朗朗が消えた先にちらりと目をむけ、
家に戻って行った。



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