ニッカの受難


思っていた以上にノバリは足がとても速かった…。

いつまでたっても背中しか見えなくて、
待ってと叫べない私は、
どんどん距離を離されていく。


「うっ…私じゃ追いつけないよ…」

もう少しあと少しと頑張って走り続けた時、
心臓がどくんと大きく波打った。

瞬間瞬時に襲ってきたのは鋭い痛みだった。
心臓は声にならない悲鳴をあげる。
締め付けられる度に痛くて痛くて、
脳が混乱してる。

息ができなくなって身体を支えている両足からガクンと力が抜けた。

耳に響く鼓動は、
そのスピードを増し鼓動に合わせるかのように両目も揺れる。

額と鼻先を地面につけ、
両手で心臓をかきむしり、
この痛み発作に耐えることだけをひたすらに念じた。

誰かに見られてはいけない。
心配をかけてはいけない。
私は、必死だった。
でも、意志は痛覚に負けてしまいそう。

そのとき、空から声が降ってきた。


「ただ事じゃ、なさそうだね」


この声は……。
白旗さんだ。

私は苦しみで顔を上げることも喋ることも出来ずに、
ただ地面を見ながら小さくうなずくのが精いっぱいだった。


「さぁ、これを飲んで」

ゆっくりと大きな手のひらが、
私の頬と地面につけていた額を軽く触り、
優しく上を向かせ口に薬らしき物を入れた。


「はい水。たくさん飲むんだよ」

次に入れられたのは飲み込むための水。
薄ら意識の中でコップの茶色が視界の端に見えた。


「横になろう。
あの木の陰がちょうどいい」

ひょいと白旗さんは、
私を片手でわき腹に抱えスタスタと進む。

薬を与えたからといって、
この運び方は無いんじゃないかと疑問に思いつつも、
不思議なくらいに心臓の痛みと早鐘を打っていた鼓動は治まりつつあった。

木陰に横になり目をとじて、
心臓が息を吸う度にズキと痛むのを恐れ、
確かめるように息をする。


「この薬は、よく効くでしょう?」

私の顔をのぞきこみながら、
白旗さんが声をかけてくれる。
私は深呼吸をして発作が治まったのを確認して、
ゆっくりと上半身を起こした。


「ありがとうございました。
助かりました。
でも白旗さん、ゴーストなのにどうして私に触れるの?」

素朴な疑問をぶつけてみた。
白旗さんはキョトンとした顔で笑った。


「はは、私もわからないんだけどね。
なぜか命日の一日だけは、
実体になれるんだよ。
命日に近づくとゴーストになって墓から追い出されてしまってね。
私は墓の中にまで嫌われているんだろうか…
昔から私は…」

白旗さんのネガティブ思想のスイッチが入ってしまったので、
私はそうそうに話題を変えた。


「それにしてもなぜ、薬をもってたんですか?」

墓から出てきた人が薬を持ち歩くなんて妙な話で、
みんなは博士と呼んでいるけど実はドクターなのかな。

白旗さんは少し伏せた目を泳がせながら、
時々口を開き、
またすぐ閉じたり、はっきりしない。


「あの…言えないなら…」

また踏み込んでしまったと後悔して、
もう言わなくていいと伝えようとしたら、
私の言葉は遮られた。


「君と同じ病気で死んだんだ。
先祖代々短命の魔女の一族でね…
私は、生き物の身体の病気や怪我をみることができるんだよ…
この病気の発作を抑える薬は魔法で作れても、
治せるすべは見つからなかった」

私は言葉を忘れて固まってしまった。
やはり助からないということは、
もちろん自分の身体。
うすうすは分かっていた。
でも『もしかして』を期待していたのも事実。


「この町JEMMYはね、
死に近い者しか入れないんだよ。
ニッカも気づいてたと思うけど、
この町には君たち以外の生き物はいないだろ?
虫も鳥も。
ここにあるのは木や花や風に空だけ」


そう、不思議に思ってた。
動物が全然いないことに。


「でも、、ノバリやドクロやIQやポルカにショコラにビスケット、朗朗だって、
この町にいます!
みんな生きてますよ!」

だんだん今までの生活が私の都合のいい夢で幻で、
覚めてしまったら何もかもが無くなってしまいそうな感覚が、
私を襲った。


「落ち着いて。ニッカ、大丈夫。
みんな生きてる。
存在してる。夢じゃないよ」

崩れてしまいそうだった心を、
白旗さんは身体ごと抱きしめてくれた。
それはとても心地よくて私は離れたくなくなる。

私を抱きしめたまま白旗さんが言った。


「ニッカには、ここで私の分も生きていてほしい。
でも、私には助ける術がない…」

言い終わった時、
白旗さんはさらに力を込めて抱きしめてくれた。


「私…少し気づいてたんです。
死に近い者がって話。
でも、どうしてみんなはこの町で、
何百年も生きてるの?」

混乱した心が少しだけ落ち着いてきた。
それと同時に謎が浮かんできたので質問した。


「それは核が……
あっれ、れれ。ニッカ、ごめんね。
ここまでだ。墓が私を呼んでる。
とゆうか強制的に連れ戻されて…
ああっ!これを!
これで終わりだから」

白旗さんは私を引き離し、
手に何かをにぎらせた。
そして白旗さんは私の目の前から消えた。

握った手の中にあったのは、
さっき飲んだ発作を抑えるための薬。
4錠だった。

きっとこれが私の命の残り時間。


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