チワワ


ショコラから髪を切られビスケットに整えてもらい、
みんなが私の変身に驚いてまわった後日。

ビスケットのお家で朝ごはんを食べたあと、
IQの作品作りの手伝いをする為にアトリエに戻った。
新しく家を建ててくれるって話が出たけど、
IQが良ければ一緒に住みたいとお願いして、
了解をもらい同居する事になった。

IQのアトリエはログハウスになっていて、
木の匂いがとても落ち着く。
1部屋がまるまる作業場になっているので、
そこかしこに工具や木材が散らばっていた。

帰ってきた私に気付いたIQが、


「あっ、ニッカ。ちょうど良かった。
これあっち運ぶから、端を持って」

1人で運ぶにはさすがに重そうな木材。
私は急いで駆け寄り言われた通りに動く。
木材を持ち上げ運び、
IQの合図で木材を土台の上に置いた。


「サンキューな。朝、食べてきたのか?
そのままゆっくりしてて良かったのに」

IQは気遣いの言葉をくれた。


「…いや居候させてもらうんだから、
ちゃんとIQの役に立ちたくて」


IQはフワっと笑って、


「ニッカは真面目で良い子だな」

と言われた。

ここに来てから、大切にされてると実感する事が多くなった。
そんな時、嬉しい反面。
このみんなの優しさや温かい気持ちに慣れていく自分が、
なによりも怖くなった。

心ゆたかな暮らしをして 、
この優しさが当たり前になってしまったとき
突然悪い人が来て、
私をまたとても酷く辛い場所へ連れていってしまったら 、
私はもう生きていくことが出来なくなってしまう 。


「どーしたニッカ。大丈夫か?」

ぼんやり一点を見ていたせいで焦点が合わず、
うつろな目をしていただろう私に心配げに声をかけてくれる。


「…あっ大丈夫です」

自分の声に反応した私を見て、
安堵したのかIQは短いため息をついた。

ネガティブ思想は早々と消え、
私は昨日のポルカの話が気になってた。


「ねぇ、IQ。
昨日ポルカ達に聞いたんだけどね、
ポルカとショコラは、この町に来るまでは、
悪魔に仕えてたコウモリだったって」

IQは持っていたカンナを置いて、
私の話に耳を傾ける。


「私は、まだ信じられないんだけど、
ポルカ達、翼があるし…もしかしてIQも、
悪魔に仕えてたの?」

IQは少し真剣な顔に変わった。
ちょっと恐い。
聞かれたくないことだったかな…
あ…聞くんじゃなかった。
そう後悔し始めた時、IQが口を開く。


「俺は、ここに来る前は、
人間に飼われてたチワワだった。
愛玩動物なんて名ばかりでな。
ひどい扱いを受けてたよ」


お前と境遇は少し似てるかもな。
そう言って笑ったIQの顔は一生忘れない。


「いっ…嫌なこと聞いて、ごめんなさい」


その時を思い出してるんだろうIQの顔は
見たことないくらい、
哀しそうだった。
ごめんなさい、ごめんなさい!

そんな顔しないで!


「なんでニッカが泣きそーなんだよ
お前も話してくれたろ?
だったら俺も昔話くらい聞かせてやるよ」

IQは笑いながら言った。
いつもの顔に戻ったのを見て、
目一杯まで上がっていた心が、
安心とともにストンと下に下がっていく。


「えーっと、んでな。
耐えられなくて飼い主から逃げて、
走り続けてたら、この町に来てたんだ」


「だから耳と尻尾があるんだね。
……あれ?ここに来る前は動物で、
ここに来てからその姿になったの?」


「んーまぁ、それはまた今度だな」


「えー。ショコラも途中までしか話してくれなかったよ?」


「この町には不思議な秘密があるからな」


不思議な…秘密。

すごく気になるけど、
IQも絶対教えてくれなさそうだった。


「頬膨らませてもダメ。
ノバリに聞いても教えてくれねーと思うぞ」


きっとすごいすっごい秘密なんだろうな。
私は心底残念だったが、
反面とてもワクワクしていた。


「そーいえば、ショコラの髪、伸びてたなぁー」


IQは突然話題を変え、
棚の上に置かれていた
ハサミを横目でチラリと見た。

私もつられてIQの視線を追う。


「のびてたかな…?」
視線は
そのままに私は、
ぼんやりショコラの髪型を思い出すが、
伸びていた感じはしなかった気がする。


「いーや、伸びてた。
ニッカはショコラ見たのが、この前初めてだったろ?
いつも見てる俺が言うんだから」


そういえば、そうだな。
私は心の中で、うん、うんと納得する。
IQが言うなら伸びてるんだろう。


「じゃあ、その伸びた髪を
親切で優しいニッカちゃんが切ってあげたら?」


「は?」

なにをどーしたら
そんな発想になるのか。
理解不能だった私は、
「は」しか言葉が出なかったが、IQは続ける。


「だって
ニッカがショコラに髪を切ってもらったんだから、
お礼にショコラの髪を切ってあげてもいーんじゃないか?」


それ、ありがた迷惑だと思うけどなぁ。


「でも…私に切らせてくれるのかなぁ?」

問題はそこだ。
会って2回目なのに簡単に髪を切らせてくれるとは考えにくい。


「まぁ、切らせてもらえるかは、
ニッカの腕次第だろーな」


「私、腕…ないよ」

私もどちらかと言うとショコラと同じ不器用な部類だ。


「やられっぱなしじゃぁ、
悔しいだろ?」


IQは、あんなに大笑いした事を悪かったと思っているのか、
ショコラに切られた私を可哀想だと思っているのか…その両方かもしれない。


「うーん…うまくいかないと思うけどなぁ」

私はやっぱり、無理としか思えない。


「やってみなきゃ、わかんねーだろ?
いやでも、ショコラの髪は伸びてる」

あくまで伸びてる事を強調するIQ。


「ニッカ、思い出してみろ。
あのドクロに笑われたのを!
ショックだったろ?」

そうだ。
あの悔しみ、悲しみ、
みんなに笑われた恥ずかしさを思いだせ!
あ…いや…やっぱり思いだしたくない。
ダメだ!頑張れニッカ!
IQも応援してくれてる!


「私、ショコラの髪切りに行ってくる!」


そう高らかに宣言して私は、
棚に置いてあったハサミを手にアトリエを飛び出した。

ニッカが行ったあとの
IQはというと。
「ニッカは単純だなー」


ニッカのショコラ髪切り大作戦がうまくいく事を
ひそかに心の中で祈った。

IQはクスクス笑いながら、
先程から止めていた作業を再開した。




 back 

TOP
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -