素晴らしい日


場所は変わって
―ビスケット宅の庭―

庭の家主は追加で持ってきたお茶を、
私とノバリが座っているテーブルに置いた。

「おまたせしました。
さぁ、IQこっちに座って休憩しよう?
ここにいる子の話も聞きたいしね」

ビスケットはIQに声をかけてから、私を見つめた。

この人はノバリやIQと違い尻尾も耳も無いし、外見は人間と同じに見える。


女の人にしては背は高いし、かといって男の人にも見えない中性的な雰囲気だ。

私の向かいにIQが、ノバリの向かいに家主が腰を下ろした。

すると、さっそく家主が自己紹介をしてくれた。


「私はビスケット。
ここの家でレストランをやってます。
いつもお客は5人ですけど、今日から6人になりますね」

穏やかに笑うビスケットは、
ノバリとはまた違う安心感を与えてくれた。

「ビスケット」と教えてもらった名前を頭の中で復唱した。

今日は色んな人に会う日だ。

私も自己紹介しようとして、
あ、私、名前無いんだったと思い出した。

お腹に、ぽっかり空いたような寂い気持ちに
目を伏せてしまう。

それに気付いたのか、IQが気をきかせてくれた。


「この子、名前ねーから、まずそっから決めない?名前無いと呼ぶ方が不便だし」


「…名前かぁ。
私はそういったセンス無いからパスします」

ビスケットは困ったように笑い、
ごめんねと、本当に申し訳なさそうな顔。


「ノバリは何か思い付かないの?」

ビスケットがお菓子を食べていたノバリに聞いた。

声をかけられたノバリは、


「んー。ドーナッツは?」

と、ドーナッツをムシャムシャ食べながら言った。


(この子考える気ゼロ!!)

ノバリ以外の3人は思った。


「IQは?」

ビスケットが仕切り直しに言葉をかける。


「あれ?ドーナッツは?ダメなの?」

ねーねー。とキョロキョロしながら言うノバリは、みんなが無視した。


「そーねー」

頬杖ついてIQが遠くを見つめる。


「俺らの名前は全部博士が付けてくれたもんなぁ」

真剣に考えてくれるのは、IQだけだ。


「名前は一旦保留にしようか」

苦笑いのビスケットが提案する。


「名前決めるの難しーのな」

とIQが笑う。


「じゃあ、ここに来た理由とか、
君の昔話とか聞こうかな」

ニッコリ笑うビスケットは言った。

でも私には、自慢出来る過去もないなと思いながら。

奴隷なこと朗朗に拾われて、ここに連れて来られた経緯を話した。

ノバリに奴隷って何?と聞かれ、今までの生活も話をした。

そして横にいたノバリが灰色の大きな瞳をうるうるさせて、私の両手を包むように握り、


「もう、ドレイじゃないからね!
君は、ぼくたちの友達なんだから!」

真剣な顔をして言ってくれた。
ただそれだけで胸のあたりが温かくなった。
今まで知らなかった感覚に少し戸惑っていると、


「ほらほら、こんな時はニカって歯を見せて笑うんですよ」

ビスケットが言う。

今まで笑うなんて事なかったから、
笑うを表現するのは難しいな…と困惑していたら、

ふと、ノバリに初めて会った時


[君、むずかしいね]


と言われたのを思い出し自然に苦笑いがこぼれた。


「そうそう。 もっと笑ってください」

ビスケットはとても嬉しそう。


「あっ!」

大きな声を出したIQにみんなが驚いた。 そして


「お前の名前、ニッカってのはどうだ?」

IQは本当にずっと考えてくれてたんだな、と少し感動した。


「いー!ニッカに決まり!
いっつも笑ってられるような。いー名前!」

ノバリは「さんせー」と元気よく右手をあげた。


「私もいい名前だと思います」

それは名案だとビスケットが頷く。


「だろー!ニッカ、
もう呼んでるけど、これでいいか?」

IQは、ほぼ決定してるのに一応私の意見も聞いてくれる。


「喜んで!
これからよろしくお願いします」

私の名前はニッカになった。

それは素晴らしい昼さがりの 綺麗な庭。

笑顔も名前も友達も
私は手に入れた。



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