深く飲み込まれる闇の中で、僕は思っていた。 もうサンディーと一緒にいちゃいけないような、僕なんかがサンディーに触れちゃいけないような。 とても怖くて悲しくてポロポロ涙が止まらない。これじゃあサンディーに嫌われちゃう……。
―パチ―…。 まぶしい。それに暑い。…あれここ…どこだっけ? 頬に何かが触れてる。柔らかいなぁ。 そしたら上から声がした。
「起きたか?泣き虫ディニー」
僕の顔を覗きこむ見慣れた顔は、同じアパートの隣に住むオリヴァー爺さんだった。
「まさか夢の中でまで泣いてるとは」
頬に触れていたのはオリヴァーのハンカチ。 呆れた風な声が聞こえて、公園のベンチで寝てしまっていたらしい僕は体を起こす。 まだ明るいが、公園の時計を見ると、もう夕方だった。
PM16:28
自分で拭けとオリヴァーからハンカチを渡されて、完全に夢から覚めた。 こんな所で寝るから変な夢みたのかもなぁ。と考えていたら
「このベンチの日影は格好のお昼寝ポイントだからな。まぁ、先客がいたけど」
フッフッとオリヴァーは僕を見て、目を細めて笑う。 シワが集まって、くしゃっとなって、なんだか丸めた紙みたい。そんな事を思ってたら、
「私はまだ若いぞ、ディニー」と鋭く指摘する。 …何だ?心読めるの?
「そんな訳ないじゃろ。ディニーは顔に出るから、だいたい考えてる事は分かる」
…僕はかたまった。そうだったのか…。
オリヴァーは僕らの住んでるアパートに一番古くからいて、僕の大切な友達。 5年前に奥さんを亡くしてからは、 孫のアルバートと二人暮らし。オリヴァーは頭が良くて有名な人らしい。本も沢山書いてるとか。 孫のアルバートはオリヴァーに似て頭が良くて、近くの大学の教授をやってて、若いのに成功してて凄いってサンディーが言ってた。 オリヴァーには眉毛がなくてね、なんで?って昔、聞いたら若い頃、実験中に爆発して無くなったって言ってた。
僕とオリヴァーは、よく公園で会う。 けどアパートで出会う事なんて滅多に無い。
本当へんなの。
「ねぇー。オリヴァー。奥さんいなくなって淋しい?」
僕は前から気になってた事を聞いた。 少しの沈黙。 僕は前にある滑り台を見てた。 オリヴァーも多分、僕の方は見てなくて遠くを見てる気がした。
「淋しい…か。淋しいと言っても、淋しくないと言っても嘘になる。…が、淋しくはない」
「??」僕の頭の中ははてながいっぱい。
「ディニーはサンディーがいなくなったら、どーする?」
「サンディーはいなくならないもん!!絶対に!!」
僕の顔は今、まっかだと思う。
「いつかはいなくなる。それはお前も同じ、わしも同じ。いつ死ぬかなんて、誰にも分かりはせん。」
「…でもサンディーはいなくならないもん」
「お前は本当に泣き虫じゃな。涙を拭け。ハンカチは洗って返すんだぞ」
さっき借りたハンカチで溢れた涙をぬぐう。
「約束をすればいい。夢のような叶わない約束でもいい。それを信じていれば、不思議と淋しくないもんだ」
「魔法みたいだね」
「まぁ、それに近いかもしれんな」
「奥さんと、どんな約束したの?」
「ディニー、涙も拭いたなら、垂れた鼻水も拭きなさい。お前は常にハンカチを持っておけ」
「…出かける時に、忘れちゃうんだ」
「公園に入り浸るんじゃなくて、たまにはサンディーと図書館に行くといい」
「僕、字が嫌い」
「難しい本を読まなくてもいい、絵本でも良いんじゃないか?」
僕達はいつしか、お互いを見て会話してた。僕はオリヴァーが大好きだ。
『ここにいた。探したんですよ。約束してたでしょう?今日は大学教授と会食って』
孫のアルバートが話ながら近づいてきた。 オリヴァーはアルバートに軽く手をあげて、
「おーすまなかった。今行く」
…あぁ、もう行っちゃうのか。
「オリヴァー、僕ね、本読みに行ってみるよ」
「やっぱりお前は、ただの泣き虫とは違うの。ハンカチは洗って返すんだぞ」
「分かったって!!早く行きなよ。あ…それと…ありがと」
「…暗くなる前に帰るんだぞ。ゴーストが出るからな」
「そんなの出ないもんねー!んじゃ…またね」
オリヴァーはアルバートと公園を去った。 残った僕は、ぐしょぐしょのハンカチを眺めながら、奥さんとした約束ってなんだったのかなぁ。
そればかり考えてたら、サンディーが僕を迎えに来てくれた。
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