脱出の夜
「ここだよ」
私の先導で地下室の入口に辿り着いた。
古い木で作られているこの扉は、頑丈に重みあるたたずまいで、私を拒んでいるような威圧を感じさせる。
私にとっては見慣れた憎しみの象徴。
ゴクリと口の中に溜まった唾を喉に無理やり流し込み、緊張を和らげようと必死だった。
『さーて、王子様を取り返しに行きますかね』
フレイムは物語の、お姫様を救いに来た勇者のように、とても楽しそうに、そして頼もしく笑った。
つられて私も笑顔になる。
笑うなんて久しぶりで、私は少し不思議な気分だった。
もしかしたらフレイムから貰ったドーナッツには魔法がかかっていて、
勇気や元気をほんの少しだけ取り戻せたのかもしれない。
フレイムは扉の上下それぞれに付いている錆びついた大きな南京錠の上の方に、手をかざす。
『ハットトリック!!』
フレイムはいきなり大きな叫び声をあげた。
「フ…フレイム!大きな声出したら誰か来ちゃうよ!!」
私はびっくりして、小声ながらもフレイムを諭す。
『ゴメンゴメン。気持ちが入りすぎちゃったー
次は静かにするからね』
そう言いながらフレイムは、中腰になり下方に付いている南京錠に手をかざす。
その時、鍵を解除した上の南京錠が落下してきた。
「わっ!!フレイム危ないっ!!」
私はとっさにフレイムに覆いかぶさるように前にダッシュし、上から落ちてきた南京錠を、
フレイムの頭上ギリギリでキャッチした。
私に埋もれたフレイムの、くぐもった声が聞こえる。
『ふっふふ。サンディーもおっきな声出してるよー
よーし。解除完了!簡単簡単。いい?開けるよ?』
フレイムは私を見て確認を促す。私は頷いて、扉を開けてと目で意思を伝える。
ギィと聞き馴れた音が響いて、暗がりの地下室に足を踏み入れ、ディニーのいる部屋の隅にある大きなベッドを目指す。
「ディニー?ディニー助けに来たよ?起きて?」
ディニーはピクリとも反応をみせず、全裸でベッドに横たわっている。長い髪もボサボサだ。弱々しいが息はしているみたいで、ほんの少しだけ安心した。
『…これは想像以上にひどいね。』
フレイムがボソリと呟いた。それも無理もない。
「とりあえず今は逃げる事だけ考えないと。あいつが戻ってくるかもしれない。
ねぇ。どうやって逃げるの?」
私は焦っていて、どうしても早口になってしまう。
『大丈夫だよ。僕が王子様を背負うから、サンディーは僕の後ろについてきて。
僕はね。透明人間になるすんごーい魔法が使えるんだ。』
突拍子も無い事を言う目の前の魔女はニヤリと笑う。
『サンディ〜。信じてないでしょ?でも君が願って僕が来たように、
僕を信じるなら、魔法も存在するって信じてみて。』
ね?とフレイムはまた、私の頭を優しくぽんぽんと叩いた。
それは真実だ。それに助かるのなら、なんにだって、すがる。
「宜しくお願いします」
私は笑いながら言った。
『まかせといて。さて王子様行きますよ。』
そう言ってフレイムは、先程ドーナツを出した時のように、ディニーがピンクの煙だらけになったと思ったら、
何もまとって無かったディニーに服が着せられていた。
「本物だ…」
私は思わず口からこぼしてしまった。
『だから言ってるでしょ。さぁ早く脱出だ』
背中にディニーを背負ったフレイムの後ろを、私はついて行く。
地下室を睨みながら、あの男を呪いながら屋敷を後にした。
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