朗朗はふらりとビスケットの庭にやって来た。
その表情はいつになく寂しそうだった。
庭ではいつものテーブルの脚を直しているIQだけがいた。
一面緑色の芝生。 テーブルの横に生えている大きな木。 枝には青々とした葉が誇らしげに揺れている。 それがIQの後姿に所々影を差す。 葉の隙間からは太陽の陽射しが溢れて、 キラキラキラキラ煩いくらいに輝いていた。
IQの茶色の髪は太陽に透け、 金色に見えたり透明に見えたり、 それはそれは綺麗だった。
IQは作業に夢中で朗朗の存在にまだ、 気づいていない。 音符に声を弾かせて、 口元からゆるいメロディが流れている。
心地の良い音、存在、空気。
全てが完璧な午前10時の庭。
「ねー、IQ。 どれだけ強く吸ったらさ、 一生消えないキスマークが付けれると思う?」
IQの背中にどしりと体重を乗せた朗朗に、 ぐらりとバランスを失ったIQは、 まるでスローモーションのように、 朗朗と共に尻もちをついてしまう。
「つけさせねーよ。 気色の悪い」
不機嫌そうに言ったIQ。 表情は見えないけれど、 きっと作業を邪魔されて苛っとしているはずだ。
「だってさ俺、 絶対IQより早く死ぬもん」
それを聞いたIQの口からは、 わざとのように大きな溜息が吐かれた。 抱きつく朗朗を振りほどくのは無理だと感じたのか、 IQはその態勢のまま、 ポケットからタバコを出しショコラお手製のマッチに火をつけた。
吸われた煙は肺を巡りまた外へと放出される。
その煙を見ることもなく朗朗は、 IQの首筋に顔を埋めたまま。
「俺も…不死なら良かったのにな…ぁ」
朗朗が小さな、でもとても深い弱音をこぼした。
それを聞いたIQは煙を空に向かって、 ふーっと吐いた。 登った煙はどこまで行くのだろうか。 思っている間に煙は姿を消した。
「俺も一緒に死んでやろーか?」
IQは言った。 そして、 笑う。
「死ぬ気なんてないくせに」
朗朗は顔を埋めたまま言った。 喋るたびに背中に当たる唇はきっと不機嫌の証。 尖らせる唇の感触がリアルで、 IQはくすぐったくてたまらない。
「お前がって言うならさ、いいよ」
朗朗が決めればいい。
その言葉は朗朗を安心させるに、 十分な一言だった。
「嘘ばーっかし、IQなんて大嫌いだ」
朗朗は言いながらIQの首筋に噛みついた。
「いった!!!何すんだよ!!」
痛みに耐え兼ねたIQが怒る。
「吸い付くだけじゃ、駄目」
朗朗の赤い目は獲物を見つけたハンターのように、 ギラリと鈍く輝いている。
「言ったでしょ?消えない痕を付けるって」
「お前も大概、ウソばっか」
IQはまた笑った。
IQは知っていた。 "不死だったら良かったのに" この言葉が本心ではないことを。 彼はただぼんやりと未来の事を考えて、 寂しくなっただけ。
だからIQの右肩に自分がいた証。 足跡を残したくなったんだ。
一人で死んでいくわけではない。 朗朗のそばには必ず誰かがいて、 死んだ後にも博士がいる。 悲しくなんかない。 それも彼は分かっているはずだ。
「お前を必要としてる奴はたくさんいる。 ………多分、俺も…かな?」
「ちょっとぉ〜!なんで語尾が疑問系? そこはハッキリキッパリ言い切ってよ!」
朗朗はやっと顔を上げて笑った。
IQは朗朗の残していった証を、 綺麗な手を滑らせては何度も確認していた。
痛みと愛おしさの深さは、 きっと同じなのだろう。
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