ニッカが帰って来てからぼくは、 夜ぐっすり寝て朝ちゃんと起きれるようになった。
ビスケットがいうには、 博士が死んで悔やんでたぼくの心が、 ニッカが戻ってきたことで、 安心してやっと穏やかな気持ちになれたからだろうって。
最初は意味がよくわからなかったけど、 だんだん分かってきた気がするんだ。
そんな夜、ちょっと前なら絶対に眠気すらこなかった時間にベッドにもぐりこんで、 夢の世界へ飛び込んだ。
懐かしい光景がぼくの目にうつる。
ビスケットの庭へ行く途中のいつもの道。 そこに彼はいた。
「ねえ、きみだぁれ?」
木にもたれかかっているような、草たちに埋もれて身を隠しているような彼は、 こう言った。
「ドクロ…進行形で死にそうな悪魔…デス」
ドクロ…忘れないように頭の中で何度も唱える。 死にそうと言ったことを思いだし、 ドクロをよく見るためにそばに近寄った。
はっとしたのはドクロの体は真っ赤で、 ぼくには今まで見たこともない、 キラキラした宝石のように輝いて見えた。
その赤は、体のいたる部分から流れていて。 そう頭から足まで。 着ている服は血でベタリとはりついてる。 左腕はちょっと動かしたらちぎれてしまいそう。 右目はつむっていて、その隙間から赤よりも黒い血が流れていた。
ほんとに命尽きそうな風貌にぼくは、 ただ真っ赤に染まる彼に生きていてほしいと願った。
「タスケテくれとは言いません… ただ…オレを殺してください」
ドクロは血の滴る顔に眉毛を下げて、 力なく言った。
だめだめだよ…きみは生きなきゃ…
思ったのと同時にぼくは肩に担ごうとしたけど、 彼は随分と背が高くて重くて無理だった。
「さっき言ったこと、もう忘れてウソウソだから! ほんといいから、助けなくて。 殺さなくていいから、 もうほたっておいて。 記憶からオレを消してそのまま通りすぎて。 触ると血で汚れる……」
早口で話していた彼が急に静かになった。 不安になったぼくは心臓の鼓動を確かめるために、 胸に耳を当ててみる。 かすかだけどトクントクンと確かな生きてる証の音がした。
ぼくは彼の両脇に手を入れて引きずるような形で、 ビスケットの庭へ運ぶことにした。 ずるずると彼が通った後には、 紅色の道が出来ていた。
「うわっ!なんだなんだ!死人か?」
ドクロを拾ってきたぼくに、IQがびっくりして近づいてきた。
「うんん、ちゃんと生きてるよ。 名前はドクロ。悪魔だって」
「悪魔のドクロってったら、 超大物だよ。 すごいの連れてきたね、ノバリ。 初めて見たけどこんなデカイやつだったんだ」
すたすたと側に寄って来たショコラが興味深げに眺めてる。
「こんな重そうなのよく一人で運べたね!!」
すごいすごいとポルカが笑う。
「にしてもノバリ…どうするんですか? 彼、助からなさそうですが…」
庭の入り口で話していたため、 ビスケットが彼を抱き上げて庭の中へと運びこんだ。
「病気には効かないけど前に博士が、 けがなら綿毛で治せるって言ってたから。 ぼくのあげるの」
ぼくはお腹のチャックを開けて、中に入っている虹色に光る綿毛を、 両手で掴めるだけつかんで取り出した。 それをドクロの心臓に押しつける。
押しつけられていた虹色の綿毛は、 すうっとドクロの体の中に入っていった。
「ねぇ、ビスケット。 ドクロをぼくのお家に運んで」
そこにいたみんなは顔を見合わせて何か言ってたけど、 宝物を見つけたぼくは、 早く彼をベッドに寝かせてあげたかった。
ぼくは気を失っているドクロの頬っぺたにキスをした。 ドクロの血で、ぼくのくちびるは赤く赤く彼と同じになった。
なぜかとても安心して幸せな気分。
そこでぼくは夢から覚めた。
ぱちくりまばたきをして、ゆっくり深呼吸したら、 赤い悪魔に会いたくなった。 夜遅いけど、ぼくは急いで出かけることにした。
ドンドンドン。
玄関のドアを叩くと、ギイっと音がして、 とても会いたい人が眠そうに頭をかきながら出迎えてくれた。
何も言わず彼は、ぼくの手を握って部屋に入れてくれる。 ここはワラが一面に敷き詰められていて、 家というよりは、寝床。 その真ん中には彼が寝てたであろうへこみがあった。
そこに寝転んだ彼の横にぴたりとぼくもくっつき横になる。
「怖い夢でもみたの?」
ぼくの頭を優しくなでながら彼がいう。
「うんん、幸せな夢だったから、 ドクロに会いたくなったの」
ドクロの撫でていた手がぴたりと止まり、 代わりにぼくをすっぽり抱き込んだ。
「オレも今、ノバリの夢みてたよ」
ぼくは嬉しくなって、 ぎゅって抱き締めていた手に力を込めた。 笑いながらドクロは、痛いよ。 って言ったから力を緩めた。
顔をあげてチラリと様子を伺ったぼくに、 優しい瞳でぼくを見つめるドクロの顔があった。
心の中が温かくなって心臓の音もドクドクうるさい。 しめつけられるようなチクリとした胸のいたみも、 ドクロがくれたと思ったら嬉しくてたまらないよ。
明日もずっと一緒にいようね。 そう思いながら、 ぼくはドクロの腕の中で眠りについた。
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